ならずものの夕べ





「どっか景気づけにぱぁっとやろうぜィ」




そーちゃんのその一言が発端だった。久しぶりにもらえたオフは、ちょうどそーちゃんと重なっていたためあたしたちは昼間から江戸をぶらぶらと浮浪者のように歩いている。そーちゃんと2人で出かけるなんて、本当に久しぶりのことだ。




はどこに行きたェんだ?」


「別にこれといっても・・・そーちゃん、急に誘うんだもん」


「たまにはいいだろィ2人で出かけるってのも」




ししし、と子供っぽく笑うそーちゃんに私も素直にうん、と頷く。そうね、悪くない。これがまた副長がついているとひと騒動を起こしかねないけど、そーちゃんは私といる時はあんまり騒動起こさないから。





「あ、甘味処行きたい」


は甘党だもんなァ」


「いいじゃん別に、女の子はみんな甘いものが好きなんだよ?」


「その格好で女の子、って言われても説得力ないですぜィ」




そーちゃんの言うとおり、私は今男物の着物を着ている。確かに説得力ゼロかも。それにもう必要ないのに、サラシを巻いているあたり相当私もこの習慣になれてしまったのだと、しみじみ思う。




「だってこういうのしかないし。女物の着物なんてひとつ持ってないもん」


「じゃあ甘味処に行く前にの着物を見に行くってのはどうだ、よし、それで決定!」


「え、ちょ、そーちゃん?!」




そーちゃんはそのままずんずんと我が道をゆくものだから、私は止める術もなく仕方なくそーちゃんに着いていくしかなかった。着いた先は卸売の着物屋。店頭にディスプレイされている彩られた着物。女物の着物なんて5歳以来袖を通したことがない。




「旦那ァ、いっちょこの人に似合う着物見立ててくだせェ」


「いらっしゃいませ、お客さん。この人とは・・・」




そーちゃんはお得意さんなのか、店主を呼びつけた。背の低い、白髪が混ざった髪をした店主はまじまじと私の顔を見て、はて、と不思議そうな顔をしてそーちゃんを見やる。




「この嬢さんでさァ」


「これはこれは!お美しいお人ですねぇ・・・しかし、あなたは」


「・・・女です」


「それはそれは、誠に失礼いたしました!すぐに何着か似合いそうな着物を持ってきますね」




いそいそとしてやってきた店主の腕に抱えられた着物は、5、6着ほど。全て女性物だ。




「家内にあちらで着つけてもらいましょう、さ、お嬢さん」


「ちょ、そーちゃん、私女物の着物なんて・・・」


「いいじゃねェか、着るぐらい」


「そうですよ、それとあなた、幕府のお役人さんでしょう?巷じゃ有名人じゃないですか、美人のお役人さんがいるって」


「そ、それ私のことですか?」


「あなたのことですよ、きっとこの着物達も似合いますよ」




にこにこと愛想の良い笑みを浮かべる店主は私の抵抗を押し切るように奥さんへ私を引き渡す。私は内心、もうどうにでもなれ、と思いながらされるがままに着つけられていく。




「まぁ本当にお似合いですこと!化粧をすればもっとキレイに見えますよ、なんならサービスでしましょうか?」


「いや、化粧はいいです!」


着替え終わったのかァ?」


「う、うん」




カーテンがしゃっと開けばおお、とそーちゃんがなにやら声をあげる。私はとてもじゃないけど、気恥ずかしくって思わず身をすくめてしまった。




「似合うじゃねェか、やっぱり馬子にも衣装たァいうだけあるな」


「そんなことないですよ、素材がこんなにもいいんですから、どんな着物でも着こなせるんでしょう」


「そ、そんなっ」




それは菱柄が連なった紗の着物。黒字に赤い柄と、帯は太鼓柄で帯締めは上品な黄色。れっきとした女性の服。自分がまさか、再び女性ものの服に袖を通そうとは思わなかった。




「よし、旦那これくだせェ」


「ちょっとそーちゃん、私買うなんて・・・」


「俺が買ってやらァ、今までなんも買ってやってなかったからな」


「恋人からのプレゼントは素直に受け取るべきですよ?」


「冗談やめてくだせェ、旦那。コイツは俺のねーちゃんの親友だ」




そーちゃんは嬉しそうにそう告げると店主とそーちゃんは勘定しに店の奥へと行ってしまった。まったくなにを考えているんだか。確かにそーちゃんから物を受け取るなんて初めてのことだ。私からそーちゃんに何か買ってくることはよくあっても。女性物の着物なんてこの先着ることなんてあるのだろうかと思いながらもやっぱり内心は嬉しい。そーちゃんからの初めてのプレゼント。




「荷物に持つには重ェから飛脚に頼んでおいたぜィ」


「もう、そーちゃんったら、女物の着物なんて着る機会ないのに。無駄遣いはよくないよ?」


「俺が物贈りたい気分なだけだ、いいだろィ?」



そーちゃんは照れ隠しなのかそう言うと、さ、と甘味処へと私を促した。なんかこれってデートみたいだ。私はそう思うと、ミッちゃんのマネをしてふふふ、と笑みを含めばそーちゃんにどうした気色悪ィな、と憎まれ口を叩かれた。



















夜も更けてきた。そろそろ帰ろうと、私はそーちゃんに言うとそーちゃんは性懲りもなくこんなことを言う。




「まだまだ寄るところあんじゃねェか」


「ええ、まだどっか行くの?」


「おう」




そーちゃんはそう言って私を引くずるように歩く。一体こんな時間にどこに行こうとでもいうのか。私はそーちゃんに任せていて大丈夫なのだろうか、という不安が押し寄せてくる。




「たまにはいいだろィ」


「そーちゃん、あのね・・・」




そこには『スナックすまいる』の看板が。そういうこと。別に、女の子に囲まれているのは悪い気分じゃないからいいけれど、お金を無駄に使うことになるかと思うとはぁ、と溜息が出た。まぁ、たまにだからいいか、と自分を自分でなだめる。そんな私をよそに意気揚揚と店へ乗り込むそーちゃんはどこかはきはきとしていた。




「あら、沖田さんいらっしゃい。お連れさんは・・・」


はんやないのぉ!」




その言葉ひとつでわぁと店内は湧きあがった。以前にもこの店には何度も来たことあるせいか、人がどんどんと押し寄せてきた。すると店内で野太い声が、私の名前を呼んだことに私は聞き逃さなかった。




「お、が来たか?」


「総悟、お前・・・!」




それはまぎれもなくいっちゃんと副長だった。またいっちゃんここに来てたの、というとふんぞり返ってお妙さんに会うためなら例え火の中水の中!とおお威張りないっちゃんにお妙さんのストレートが炸裂した。




「まだ懲りてないのかしら、このゴリラ野郎は」


「いえ、本当に、ウチの局長が迷惑を・・・」


「あら、あなたはいいのよ」



久しぶりに見たお妙さんは相変わらずだった。この店に来る時は大体局長も一緒だったのですっかり顔馴染みだ。しかし正体が明かされてからというものこの店に来てはいないというのに、どうして前のようにこう私へのコールがやまないんだろう・・・ 私はお妙さんの勧めで局長と副長と一緒の席に通された。もちろんそーちゃんも一緒だ。




「あの、お妙さん」


「なにかしら?」


「皆さん、まさかとは思いますけど私のこと」


「あなたが女だったってこと知ってるわよ。新聞で一躍有名になったじゃない?」



そう微笑みながらドンペリ!とにこやかに叫ぶ。支払いはきっと局長だから、まぁいっか・・・私はそんなことを思いつつ、みんな私が女だと知っているのか。いらない心配をしたな。




「それでもあなたってかっこいいじゃない、どこかの宝塚歌劇団よりもずっとかっこいいって皆言ってるわよ」


「そ、そうですか・・・」



私は嬉しいんだか嬉しくないんだか微妙な気持ちを抱えつつ、お妙さんから酌された酒を飲む。お酒をこんな風に飲むのも久しぶりのことだ。




、いくらお前でもお妙さんはお前には渡さんぞ!」


「なに言ってんの、いっちゃん!そんな馬鹿なこと言ってるからお妙さんにも嫌われるんですよ」


「そうよ、このストーカーゴリラ、早く牢屋にぶちこまれろ」


、お前今日は総悟と一緒だったのか」


「え、あ、はい」



それまで黙ってた副長に急に話しかけられたものだから、びっくりしてきょどってしまった。




「前よりいい表情してんじゃねェか」


「え?」


「いや、なんでもない」




そう副長は言うと、ほんの少しだけ口角をあげた。私は副長に酌をすれば、お前も飲め、と言ってお酒を注いでくれた。さぁ、飲め飲め、みんな飲め。局長がそういうものだからお酒はどんどんあけられていく。私と副長が話をしていれば時折「土方はーん、はーん!」と呼びかけてくれる美女たちがいる。いっちゃんはお妙さんに強烈な攻撃を受けながらもなんか楽しそう。そーちゃんもそれを見て呆れながら笑ってる。




こんなに賑やかな夕べを迎えるのはいつ以来だろうか。とりあえず飲めば飲むほど、今まで自分が抱えていた全てがちっちゃな箱に詰められていたおもちゃのように思えた。副長と私が飲み比べをすれば、場は湧きあがる。やれだのそれだの、周りもいい具合に盛り上がる。酔っぱらった宵ほど楽しい時はない。酒を掲げ、自分たちの名前を呼んで、馬鹿みたいに騒ぎを起こして。たまにはいいだろィ。そーちゃんの言葉が脳裏によみがえる。




たまにはいいね、こんな日も。そう呟けば、世界はすべて、暗闇に浮かぶひとつの月の光に包まれた。









戻ル 表題 進ム

090401