、俺とデートしない?」
「フィルチが笑顔でお菓子を配るようになることでもあれば、考えてあげてもいいわ」

最近はよくデートや告白を受けることも多くなってきた、初夏の頃。春が過ぎてから皆浮き足立っている。やっぱり5年生になる前に彼氏、彼女が欲しいって思う生徒は多いみたい。そんなお誘いが多くなる中わたしは自信を少しずつつけていった。あのレイブンクローの美男子、パトリック・ヘイワードからも真剣に彼女になってほしいと言われた時は少しドキドキしてしまった。スリザリンの男子からもたまにお誘いがあったりするし、これはなかなかのいい女として認めらている証拠じゃないかしら?

でも他人に憧れの目を向けられるわたしなんだから、自分を安売りはしてはいけない。笑顔は、本当に大切な人達だけのためのもの。もともと友達がそんなに多くないわたしにとっては、それはあまり難しくなかった。最近は取り巻きができたりもするけれど、適当にかわしてわたしはやリリー達と休暇や空き時間を共にしている。そしても最近のわたしは手がかからなくなったと言いつつとても嬉しそうにしている。わたしの成績が良くなったのには満足しているらしく、そしてそれを手伝ってくれたリリーとも彼女は最近仲が良い。『グリフィンドール三大美女』だなんてちらほら噂されているのを耳にもする。こうしてわたしの学生生活は8ヶ月前とは段違いに素晴らしいものになった。いつも暗く下を向いて、冴えないとはもうおさらば。薔薇色の学生生活って、こういうことなんだなって実感している。

それに最近シリウス・ブラックと目がよく合う気がする。気のせいでなければ、熱い眼差しを感じる事もある。わたしの勘違いでなければこの前のマグル学でシリウス・ブラックはわたしの隣の席に座ろうとしていた。でも隣にはリリーがすぐに来てしまったからそれは本当だったのかはわからないけれど。心臓が早鐘を打つ。このわたしが、あのシリウス・ブラックにもしかして好意を向けられている……?そんな風に期待を胸に秘めていたわたしは、その期待が本当に現実になるとは思いもしなかった。

「なあ、ここいいか?」
「…………え?え、ええ」

なんと、あのシリウス・ブラックが爽やかな物言いでわたしの隣の席に座ってきた!わたしの心は大騒ぎ。でもこんなことで取り乱してちゃ、今までの事が全て台無しになってしまう。赤く火照る顔が見られないように、夕陽が差し込む窓へと顔を向ける。わたしの耳はお留守状態になっていて、授業を完全に聞き流していた。それでも全神経の集中はわたしの右側に注がれていて、きっと全身が真っ赤になっているに違いない。彼の顔を、直視できない。そして脳裏によぎる、去年シリウス・ブラックに言われた言葉を。けれどわたしはあの時と変わったのだ。それは誰から見ても取れる変化。きっと、シリウス・ブラックは必死こいて自分を変えようとしているわたしを鼻で笑ってたかもしれない。そう考えるとどんどん考えが良くない方向へ向かっていく。シリウス・ブラックが今わたしの隣に座ったのはわたしを笑うためなのかもしれない。それならば尚更右へ向けない。わたしは冷や汗を流しながらその場で頬杖ついたまま固まっていると突然声をかけられた。

「おい」
「……はい?」

わたしは震える声で返事をするとシリウス・ブラックはわたしを見つめていた。その灰色の、澄んだ瞳で。

「教科書忘れたから見せて欲しいんだけど、いいか?」
「え、ああ、教科書ね。いいわよ」

極力シリウス・ブラックの瞳を見つめないように斜め下に視線をやりながら教科書を開き彼に見やすいよう机に置いた。手もきっと震えてるに違いない。わたしは真剣に授業を聞くフリをして、教授と黒板を見つめた。けれど、頭の中は隣にいるハンサムボーイでいっぱい。どうしよう、どうしよう、どうしよう。またシリウス・ブラックは前みたいにわたしを虫けらのごとく扱ったら。しばらく頭のなかでそんな事を考え巡らせているとまた声をかけられた。

「なあ」
「……なに?」
「二行目の初め見えないんだけど、のところから見える?」
「……『魔法族の偏見からの』よ」
「ああ、サンキュ」

わたしは声を一生懸命震わせないよう、落ち着いた声で話すよう努める。シリウス・ブラックの横顔は少し長い髪に隠れて涼やかに見える。長い睫毛を伏せて羊皮紙に目を向ける様は本当に絵になる。少しかったるそうに授業を聞くその姿はわたしの理想の彼、そのものだった。少しぼうっと彼を見入ってしまうとシリウス・ブラックがそれに気づいたようでこちらに目を向けた。そして悪戯っぽく小さく笑みを浮かべてウィンクをした。わたしはグルンっと顔を左側にある窓側に向ける。シリウス・ブラックが。わたしに……!わたしは頭がのぼせたようでそれからシリウス・ブラックの方へは顔を向けられず授業を過ごした。羊皮紙にノートはとるものの、その内容は全く頭に入ってこない。しかも後で見てみると誤字脱字だらけで、何が書いてあるか到底判別不能だった。

マグル学の授業が終わったと気づくのは生徒全員が教室を出て行ってしまった後だった。この授業で最後だから別に急ぐことはない。わたしは先程感じた熱の余韻を感じたまま席を離れようとする。すると扉によっかかりながら立つシリウス・ブラックを目にした。心臓がドクンと波打つ。教室には、わたしと彼しかいない。そして誰かを待っている素振り。わたしに何か……言うため?先ほどの愛想の良さはからかいだったのかもしれない。


「……何か用?」
「ああ。ちょっといいか」
「ええ……」

シリウス・ブラックは扉に杖を向けて鍵をかける。い、一体何をしでかそうとしているのかしら。わたしは好奇心と恐怖心のはざまで揺れていた。何をするのかという、好奇心。何をされるのかという、恐怖心。シリウス・ブラックは窓から入る夕陽に赤く染まる。真剣な瞳のシリウス・ブラックにはそれはもう心を貫かれたような衝撃が走った。彼はわたしをその瞳で見据えた。

「俺、お前が好きなんだ。付き合ってくれないか?」
「……え?」

その時わたしの思考回路は完全に停止した。今、シリウス・ブラックは何と言った?わたしは彼が放った言葉を解釈するのに少し時間を要した。時間が止まったかのような錯覚を起こし、わたしは完全に彼の瞳に見入ったまま固まっている。答えようとしないわたしに少し照れくさそうに彼はまた話しを始める。

「ここ数ヶ月の事見ててさ……こんなにいい女は他にはいねえと思ったんだ。遊びじゃない。本気でが好きなんだ」
「…………本当に?」
「ああ」

シリウス・ブラックが、わたしを見ている?わたしの事を、真摯に見つめている……。わたしは今この状況をほんの少しだけ理解できてきた。今ここで、わたしはシリウス・ブラックに告白されている。その事実を脳が受け入れたおかげでわたしは余計に言葉を詰まらせていた。何やってるの!!YESしかないのよ、返事は!!

「今日初めて話すのに急にこんな事言って変と思うかもしんねーけどさ……」
「…………え?」

……今日、初めて?わたし達、前に話したじゃない。夏に、貴方が一方的にわたしを振ったじゃない?彼がわたしの事を覚えてなかった事にショックと怒り、そして悲しみを同時に感じていた。わたしはこぶしを握りしめ、爪を手のひらに食い込ませた。そのキレイに磨かれた爪を。

「……付き合わないわ」
「え?」
「貴方とは付き合わないと、言ったの!じゃあわたしはこれで……」
?何でだよ、!!」

わたしは涙を瞳に溜めて、その場を走るように去っていった。シリウス・ブラックはわたしを見ていなかった。出来上がった、新しいだけを目にしてわたしに告白した。きっと彼の中で昔のわたしなんて、取るに足らない存在だったんだ。勿論今のわたしもわたし。けれど、たまに見栄張って自信があるフリして、本当のわたしじゃないって感じることもある。けれど、少しずつだけど自分が輝ける存在だと信じられるようになってきて。でも、彼は覚えていなかった。あの時自信無げに彼を見つめていたわたしのこと。……結局、昔も今もわたしは変わらないじゃない。シリウス・ブラックの反応におどおどと怯えて、彼の方をまともに向けなかった。わたしは彼に告白される資格なんてないんだ。

夕食で皆出払っている寮へと帰り、自分のベッドへとたどり着く。この一年間やってきた事は一体何だったのだろうか。わたしは絶望に近い何かに打ちひしがれて、涙が枯れるまで泣き続けだのだった。





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