走り去っていったを俺は追いかけることができなかった。俺は授業を終えた教室に一人取り残され、しばらく呆然とつったっていた。だって、それしかすることがない。俺が隣にいた時微塵も興味が無さそうだったし、愛想を振りまいても全く動じずにいた女。チャラチャラした奴に惑わされないいい女だと思ったんだ、本当。だから直球で感情をぶつけてみたけれど、案の定それはひらりとかわされたようなものだ。初めから彼女に嫌われてたんじゃないかと思った方が納得が行くあの行動に、俺は落ち込みざるをえなかった。

「お、どうしたパッドフットそんなに落ち込んで?まさかに振られたとか?まさかあの女の子なら百戦錬磨のシリウスくんが……」
「うるさい、黙ってろ」
「あれ、図星?本当なの?」
「だからうるさいってんだろ、バカ眼鏡」

バカ眼鏡とは何だと憤慨する親友はドサッとベッドに腰掛けた。俺は大の字になってベッドに寝転がりながら天蓋を眺めている。あーつまんねえ。大体、なんであいつが俺と付き合えないか理由も聞かずに彼女は逃げてしまった。理由を聞こうと彼女を探しても何故だか姿を見かけない。俺を意図的に避けてる?の考えてる事が分からない。俺はクソっと言いながら起き上がると、ジェームズが気持ちの悪い顔をして俺を見ていた。

「……今すぐそのニヤケ面をどうにかしろ」
「おやおや、シリウスくんは女の子にフラレて機嫌が悪いようだねえ」
「テメェ、同じ事また言ったら」
「どうしたんだい、シリウス?穏やかじゃないな」

リーマスが本を数冊抱えながら部屋へ戻ってきたところだった。

「……なんでもねーよ」
「聞いてよリーマス、こいつ女にフラレて不貞腐れてやんの」
「おい!」
「珍しいねシリウス、女の子に振られて落ち込むだなんて。それに女遊びはもうやめたんじゃなかったのかい?」
「それがねムーニー、今回はどうやら大分本気だったみたいなんだよ。コイツが女遊びやめたのってその子の為だったんだ」
「……はあ。本人目の前にしてそういう話するかよ、フツー」

俺はジェームズの無遠慮さに呆れて二人の話のネタにされることを諦めた。ああ、そうだよ本気だったよ。だからこそ、こんなに俺は苛ついている。

「へえすごいねその子。シリウスを本気にさせるだなんて」
「だよね?でも振られちゃったんだけど」
「だから何度も言うなって言ってんだろ!!!!」
「この通りだよ……」
「その子は一体誰なんだい?どこの寮?」
「同じグリフィンドールのさ。知ってるだろ?」

するとリーマスは驚いたように目を見開いて俺を見つめる。なんだなんだ?一体何があるっていうんだ、に。

「何だよ?何かあんのか、に」
「いや、だって君去年を振らなかったっけ?」
「……はあ?俺はアイツと去年話したこともないが」
「…………」
「何変な事言ってるんだよ、ムーニー?」

リーマスは考えこむように唸る。しばらく考え込んだと思ったらハッとして顔を上げた。

「そうか……。君のせいか。だから彼女はあんなに……」
「何だよ、ムーニー?ハッキリ言ってくれよ!」
「去年は彼女……あんなに綺麗で目立つ感じじゃなかったんだ。急に去年の冬頃から綺麗になってきて、それで成績もぐんと良くなってさ。君がを振った事は去年彼女の親しい友人から聞いた事があるから本当の事だと思うよ。そうだね……。去年の夏辺りの話かな」
「心当たりあるのかい、シリウス?」

一々振った女の顔を覚えてるはずがない。でも確かにリーマスの話だと俺が数ヶ月前までに気づくことが出来なかった事に納得がいく。だけど本当に振った覚えがない。東洋人が俺に告白してきた記憶もない。

「リーマス、お前は前からの事認識してたのか?」
「うん、だって同級生だしね。5年近く一緒の寮で過ごしてきたら、人数もそんなに多くないし普通覚えられると思うけど……。まあ君もジェームズも無頓着なものにはどこまでも無頓着だからね」
「じゃあ、アイツがどんなんだったか覚えてるか?」
「今とは本当に別人で、暗そうな顔をいつもしていたよ。今みたいに見た目は気にしてなかったみたいだし、髪は長い黒髪……正直に言えばボサボサな黒髪が野暮ったい感じでさ。といつも一緒にいたから余計その影に隠れてたよ。あまり意見も言わない大人しい子だったしね」
「うわー、今からすると全然想像つかないねえ……」
「野暮ったい黒髪?大人しい子??」
「ああ、さすがに彼女は知ってるだろ?」
「ああ、最近コイツの愛しのエバンズとも仲良いしな。でもアイツの事は前から覚えてたし……あ」
「お、思い出せたかい?」
「アイツ……アイツか?!」

そうだ、きっとアイツだ。去年の夏。それは暑い暑い夏だった。太陽が焦がすようなジリジリとした日差しに俺は今みたいにムシャクシャしていたんだ。ハッフルパフの女が俺に告白してきて、それを振った。それで木の幹の影に隠れていた……。あれはだったのか!そうだ、俺はアイツを振った。だけど告白された記憶が無い。冴えない人の事ばかり羨んでそうな女だなと思ってもっとムカついた、ような気がする。

「あれがアイツだったのか……?!信じらんねえ……」
「えっ誰誰?僕にも教えてよシリウス!」
「でも何であんなに変わったんだ……?」
「僕の記憶でだとが変わり始めたのが秋頃だった。段々綺麗になってく彼女は冬頃に噂されるようになってたよ。以後彼女はどんな男子をも冷たくあしらったと聞いてたけど……」

秋頃?俺がアイツを振ったのは9月……。確かに俺もに振られる前冷たくあしらわれた。けれど告白して……逃げるように去っていった。俺が嫌いになったんじゃないのか?去年の事で?

「シリウス、これは僕の憶測だと思うけどきっと彼女は君に振られて悔しかったんだと思うよ。だから綺麗になろうとしたんじゃないかな」
「だとしたら何で彼女はシリウスを振るんだい?好きだったんじゃないのかい?」
「それは君がの事を覚えてなかったからなんじゃないのかと僕は思う。だってシリウスを見返そうと思って振るなら種明かしをしても良いはずだろう?去年貴方が振った女はわたしなのよってさ」
「……そうだ。俺は初めて話しかけたって言った」
「だろう?きっと彼女はそれで怒ったんだよ」

そうか、リーマスが言っている事で俺は今までの霧が晴れていくようだった。だからは俺と付き合えないと行って走り去った。そうだったのか。だけど俺は、俺の為にそんなに頑張った彼女が余計愛しく感じる。けれど俺がそれを踏みにじってしまったんだ。あのが……。本当にアイツは、俺が見込んだいい女だったんだ。

「俺ちょっと行ってくるわ」
「パッドフット、忍びの地図忘れるなよ」
「いや、いい。今度は俺自身の力でを見つけたいんだ!」

俺は颯爽とベッドから立ち上がり部屋を出て行く。そうか、そうだったんだ。俺はが好きだ。だから、己の手で彼女を手に入れないと。が俺が彼女を見つけてもらうために頑張ってくれたように。その時急に天からひらめきが降りてきた。彼女と初めて出会ったあの木の幹の元へ行こう。きらめく追い風が、俺の背中を押してくれている。



♦ ♦ ♦ ♦ ♦



に少しは外の空気を吸いなさいと部屋から追い出された。あれからわたしは3日間くらい落ち込んで熱を出し寝込んだ。マダム・ポムフリーには勿論精神的なストレスから来る過労だと言われ、薬を貰い医務室でしばらく過ごした。退院してから、なお二日間閉じこもるわたしにが痺れを切らしてわたしを外へと放り出したのだ。それでも彼女はお気に入りのミルクティーをマグカップに淹れ、持たせてくれた。わたしは一人でぼうっと木の幹にもたれかかり、ミルクティーを啜る。あれからベッドの中で色々と考えたけれど、シリウス・ブラックにわたしがあの時の女はだったのよって言ってやれば良かったのかしらとさえ思った。わたしは貴方のためにここまでしたのよって。いいえ、でもそれじゃあわたしのプライドが報われない。自分を全て否定されたような気がして怖かった。あの時からずっとわたしは変わってなかったという事を思い知るのが怖かった。熱いミルクティーを啜るとその恐怖心が少しでも安らぐようだ。

わたしは日の暮れる前に戻ろうと、マグカップを片づけ荷物をまとめようとすると、誰かが大声でわたしを呼んでいるのが聞こえる。この声は……。

!いた……!」

息を切らしてシリウス・ブラックが駆けて来た。わたしの、元へ?信じられない光景にわたしは目を大きく見開いて立ち尽くしてしまう。

「よかった……ハァ、お前に伝えたい事があったんだ」
「何よ今更。わたしの事なんて何も、全く知らないんじゃない!」
「知ってるさ、去年俺の事をここから見てた、あのだろ?」
「……!!」

彼は思い出したんだ。あの時のわたしを。カアッと顔が熱くなる、あの時の小さく縮こまっていた自分。自分に自信がなく、努力さえもしなかった自分。

「ごめん、。俺全然お前だって今まで分かんなくてさ……」
「……」
「でもの事が分かって俺嬉しかったんだ。俺は……が好きだ!」

わたしは急に大声を上げたシリウス・ブラックにびっくりすると同時にその告白に全身の血が湧き立つのが分かった。シリウス・ブラックの眼差しは、5日前に見たものよりももっと強い意志、そして温かさに溢れていた。

「お前が好きだ、!俺はお前がいくら振ろうとも諦めない、絶対に振り向かせてみる!!」

自信に満ち満ちた無邪気な笑顔が、わたしの好きになった貴方。はずむ夕陽、きらめく風。眩しすぎる貴方にようやくわたしは辿りつけた。そう、わたしは貴方が好き。けれど。

「あら、じゃあ楽しみにしてるわ?シリウス」

おう!と声を上げて挑戦的に燃える瞳を向ける彼。わたしはスカートを翻し、城へ向かう。追いかけられるなら追いかけてみなさい?振り向かせるなら振り向かせてみなさい!

そうよ、なんてったってわたしはいい女!


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