わたしはそれからというものの勉強も人並み以上に頑張ろうと決意し、図書館通いすることにした。最近は美容にうつつを抜かしていたけれど、寮で本を読みながらストレッチする方法も編み出した。レポートを書いてる際は脚を宙に浮かしたり、健康サンダルというかかとがないサンダルを履きウォーキングしながら魔法史を暗唱するという事をやってのけた。それでも魔法薬学はどうにも苦手で、原理を理解できていないというか、いくら教科書を読んでもがんじがらめになるだけだった。

「うーん、ぜんっぜんわからないわ……」

わたしは背筋を張り、腹筋に力を入れる事を怠るなく座った椅子にへこたれた。オススメ著書、『魔法薬学あれこれ』を読んでみてもさっぱり分からない。小難しい薬品名を並べて、それらを大鍋に入れたら出来上がるっていうことは分かった。でもそんなの一年生でも分かることだ。いつも魔法薬学の授業でスラグホーン先生に「君は失敗の才能があるようだな」とか言われて苦笑されたり、本当にわたしには魔法薬学のセンスっていうものが全くもってない。気を緩めてわたしは机に突っ伏した。美しい姿勢は美しい体を作るというけど、今ぐらいは落ち込まさせてほしい。そんなわたしの気が緩んだ中、麗しい声がわたしを呼んだ。

「あの……?」
「へ?」

わたしは顔を上げるとそこには覗きこむ美しいリリー・エバンズの御顔があった。

「図書館で居眠りは、良くないわよ」
「え、え、え、エバンズ……!」
「ああ、そういう事を言いたかったわけじゃないの。この前はごめんなさい。あなたを傷つけてしまったようで……」
「気にしてなんか無いわ!!それに、事実を言われただけだったもの……」

わたしは自分の顔が熱くなっている事がすぐに分かった。あのリリー・エバンズがわたしにまた話しかけている。そしてこの前の事をちゃんと謝罪してくれている……!やっぱりリリー・エバンズは素敵な人だったのね。わたしが熱視線を向け彼女を見つめていると彼女はわたしの借りた『魔法薬学あれこれ』に目を向けた。

「あら、ちゃんとお勉強をしてたようね……あ」

そして目線をずらしてわたしの一行しか書かれていない魔法薬学のレポートを向け、再び苦笑する。ああ、また馬鹿だなあとか思われてるんだろうな。ええ、彼女は魔法薬学の天才、スラグホーンのお気に入りだもの……。

「ごめんなさい、わたし魔法薬学ってどうにも苦手で……」
「良かったら、わたしが教えてあげるわ」
「…………え?!」

わたしが間抜けにもポカンと口を開けて呆然としていると、リリー・エバンズはくすくすと笑い出した。

「あはは、貴方って……面白いわね。そんなにわたしが教えてあげるのがおかしい?」
「いえ……!ほ、本当にいいの……?」
「……お詫びにね。ほらほら、わたしの気が変わらない内に始めましょ!」

こうしてわたしは憧れで麗しのリリー・エバンズに勉強を教えてもらうことになった。もう、これはなんて奇跡なの?リリー・エバンズは勉強ではとても厳しい先生だったけれど、やっぱり想像通り優しく芯の強い素敵な女性だった。わたしの課題を進めるのを手伝ってくれたり、授業で理解できないところを事細かに説明してくれた。最初はぎこちなかったわたしのリリー・エバンズへの対応も少しずつ慣れてきて、何と名前を呼び合う関係にまでなってしまった!ああ、なんだか夢のよう!

「それはが変わろうと努力してるからよ」
「え?どういうこと?」
が素敵な人を引き寄せてるのよ。貴方が変わろうとしているから、頑張っているから」

談話室でのひと時、は顔を本からあげずに淡々と語る。わたしはそうかなあ、と爪を磨きながら呟く。

「そうなの。貴方はもっと自信を持ちなさい」
「自信ねえ……」
「そうよ、いい女は自信に満ち満ちているものよ。少し傲慢と感じるほどにね」
「……何だかそういう人いなかったかしら?うちの寮に?」
「ジェームズ・ポッターね。言わずもがなシリウス・ブラックもだけれど」

そういえば彼らは自信に満ちあふれている。よく一緒にいるリーマス・ルーピンも自信無げではあるけれどあのアンニュイな雰囲気が素敵だって女子に人気あるし。ピーター・ペティグリューも、高学年から可愛いと影で少し騒がれているみたい。少し高慢ちきな二人だけど、二人の周りに集まるのはそんな魅力的な仲間たち。そういうもの、なのかな。リリーも、確固とした自分を持っている。決して傲慢でない。だからそんなリリーといる時いつも彼女の横顔ばかり見つめてしまう。見つめすぎていつも怒られているけれど。

「自分『なんか』って思うのはやめちゃいなさいよ、。貴方がそんな自分を卑下する段階はとうに過ぎ去ったわ」
……」
「今の貴方、とても輝いてるわよ。後はほんのすこしの『自信』というスパイスと。そしてそんな貴方を誰かが見てるはずよ?」

わたしは思わず感動の涙を流すと、は仕方ないわね、と呆れて本から顔を上げた。彼女はその場を立ち去るとわたしの大好きなミルクティーを淹れてきてくれた。もう本当に、わたしったらこんな素敵な親友がいて幸せ者ね。涙を目に潤ませながら微笑むミルクティーは、とても優しい味がした。



♦ ♦ ♦ ♦ ♦



「最近君が女の子と一緒にいるのを見ないね?」
「ああ、まあな」
「プレイボーイシリウス君はそろそろ女遊びに飽きた頃かな?」
「そのプレイボーイっていうのやめろ。別に遊んでたわけじゃねえよ」

シリウスは飄々と言いのけながら仕掛け花火を仕込んでいた。しかし言葉では平然としているのに口元が何やらニヤついている。まさかこいつ。

「ははーん、シリウス。さては本命でもできたんだろ?ニクいね、このこのっ」
「バカッ!手元が狂ったらどうすんだよ!ここで爆発しちゃヤバいだろ?」
「もう照れちゃって、この色男!」

シリウスはその整った顔の頬を染めるとクソッと悪態をつく。本当にこいつは単純というか分かりやすいというか。まあそういうところが魅力なんだろうけど。それにしても女好きなコイツがここ二ヶ月くらいでぱったりと女遊びをやめてしまった。これは相手を聞く他あるまい。

「で、相手は誰なんだい?君をここまで本気にさせる子なんて?」
「……言いたかねーよ」
「はあ?!僕達親友だろ?!それに君は僕の好きな子をとっくのとうに知ってるじゃないか!!」
「お前の好きな女は学校中の誰もが知ってるだろうがよ……」

シリウスが手を止め、ため息をつく。僕が恨みがましくシリウスをじとりと見つめているとシリウスはもうひとつ小さくため息をついた。


「へ?」
「二度は言わねーぞ」
って、あの東洋人の綺麗な子か。そういえば僕あの子数ヶ月前まで顔をちゃんを覚えていなかったんだよね」
「ああ、不思議だよな?グリフィンドールにあんな女がいただなんて、俺もあんまり意識してなかったし、三ヶ月前にやっと存在を認識できたな」
「あんな女、か。フフッ、随分ご執心のようだね?」
「……そんなんじゃねーよ」
「それにしても同じ学年、同じ寮だったら授業も一緒に受けてるはずだしなあ……選択授業何か被ってるの?」
「マグル学は同じだったが……。本当に三ヶ月前まであいつの存在に気づきもしなかったんだ」

シリウスは彼女をその目に浮かべるようにうっとりと目を伏せた。……コイツはこういう顔でも様になるから腹が立つな。しかし確かに、不思議な女の子だ。ひょっこり現れたと思ったら容姿端麗なだけではなく才色兼備だし。あんなに綺麗な子を今まで知らなかったのも何かおかしい。それにここ最近僕の愛しのエバンズとも仲が良いみたいだ。僕は何度か二人が図書室で勉強会を開いているのを見かけた事がある。

「ふーん、今度のシリウスは本気か」
「うるせえな。今までも本気じゃなかったわけじゃねえよ」
「それにしては力の入れようが違うと思うけどね?」
「なっ……!」

するとシリウスが動揺し急に立ち上がった。そのせいでまだ仕込み段階の細心の注意を払わなければならない花火をなぎ倒してしまった。空き教室にバンバンと鮮やかな色の花火が打ち上がり、フィルチの怒声が廊下から聞こえてくる。

「ヤベッ、逃げるぞ!」

シリウスと僕は魔法で自分たちの痕跡をすぐさま消し、フィルチの足音が聞こえてくる間もなく教室から飛び出た。急いで隠し階段へと駆け込む。僕達がフィルチにその背を追われる中、半歩後ろを走るシリウスにチラリと目を向けた。そして僕は思わずもう一度振り返った。隣で駆けるその親友が、とても輝いて見えて。




戻る 表題 進む