47   輝きに向けて

130928



どうしてそう思い立ったのかは分からない。ただ、気分を変えたかったんだ。古いあたしを捨てて、新しい自分へ。











* * *










清々しい朝だ。今朝は久しぶりにと朝一緒に部活へと向かう約束をした。用事があると昨日は伝えまた一緒に帰る事は出来なかったのだが、ここのところの誤解も解けと良好な関係に戻れた俺達は朝学校へ一緒に向かうことにした。学校の最寄り駅で待ち合わせ、という事だったので俺はいつもより早い電車に乗ろうと自宅から駅へ向かった。はマネージャーの仕事を効率的にこなそうといつも俺たちより早くに来ているからだ。しかし駅の改札口奥、少し遠くに何となく惹かれるショートカットの女子高校生がいた。それもうちの学校の制服だ。どことなく雰囲気がに似ているような        。ハッ、いかんいかん。俺はという恋人がいるのだ・・・他の女に目を奪われるなど、たるんどる!しかし気になる事は気になってしまい彼女を見続けてしまった。そして近づくにつれ、顔が見えてきた。あれは・・・


!」


それは紛れもなく自分の恋人だった。短くした髪の毛に俺は遠目から見てだと分からなかった。思わず改札口に定期を打ち付けて走って抜けてしまった。


「弦一郎、おはよ」
「どうしたというのだ・・・向こうで待ち合わせではなかったか?」
「なんかちょっと早いのに乗っちゃって。だからここで降りて弦一郎を待とうかなって」


少し照れたように頬に手をやるに俺はぼうっと見惚れてしまった。ドキドキと心臓の脈が早い。肩甲骨を覆い隠すほど長かった髪が、今や顎より少し下のラインまでの長さだ。しかし女性らしさはあって、活発な性格のにとてもよく似合っていた。


「髪を・・・短くしたのだな」
「う、うん。ちょっと切りすぎちゃったかな。・・・変じゃない?」
「変ではない・・・とても・・・」


思わず手を伸ばしの艶やかな黒髪を撫でる。は少し驚いたように目を見開いたが頬を朱に染め嬉しそうに微笑んだ。


「とても?なあに?」
「・・・似合っている。見違えたぞ」
「ふふ。ありがと、弦一郎」


は俺の手を取ると、恥ずかしいのか目を合わせようとしない。大胆な行動を取る事も多いがたまにとてもいじらしい仕草をするのがたまらなく可愛い。


「でも弦一郎、ここ外だから、ね?」


言われた瞬間またハッと我に返る。周りを見渡すと通勤に忙しい人々たちは幸い、こちらに目もくれていなかった。しかし・・・喧騒が全く耳に入らなかった。最近どうもの事となると周りが見えなくなる。外でこんな行為をするなど、たるんでるにも程があるぞ弦一郎。もう少し冷静にならねばと思いつつも戻ってきた幸せに浸りたいという悪魔の声が俺を手ぐすね引いて待っている。


「ほら、弦一郎行こ!」


しかし眩しい程の笑顔を俺に向け腕を引くを素直に愛しいと思える日々に、浸るのも悪くはないかと思えたのだった。











* * *









部室に浮かれながらも着いた後、は先に着替え幸村の花に水をやりに外に水を汲みに行った。俺はに続き誰もいない部室で惚けてしまった。ここのところ、一緒にと登校していなかったからな。久しぶりにの嬉しそうな、きらきらとした笑顔を見ながら彼女の話を聞いた。相変わらず俺がつまらぬ相槌しか打てなくとも楽しそうに話を続けるに癒やしを覚える。柄にもなく懸想にふけていたせいか開いた部室の扉に気づかずにいた。


「早いな、弦一郎」


不意に声をかけられた、その相手は。


「蓮二・・・」
「おはよう。間抜けな顔をしているぞ」


蓮二に指摘されるなど・・・そ、そんな間の抜けた顔をしていたか・・・。いかん、いかん!気を引き締めなければ!蓮二と言え恋敵の前だ、こんな情けない姿を見せるわけにはいかぬ!


「まあそう力むな、弦一郎。から話を聞いたのだろう?」
「む」
「俺は玉砕した身だ。これ以上何の手を出しはしない、が」


蓮二は得意の涼やかな顔で俺を見据える。俺が警戒しているのが見て取れるのだろう。それもそのはず、俺は自分の中で一番かげがえのない物を見つけてしまった。蓮二は、それを蓮二は・・・。今まで自分本意に動く事は憚れたが、これだけは譲れない。俺の中でもっとも失いたくないものだから。


「もしまたを泣かせるような事があれば容赦しない。とだけでも言っておくか」
「フン、その心配の必要はない。俺はあいつを・・・もう二度と泣かせん」


そう俺が言うと、蓮二はうっすらと目を見開く。そして口角を片側だけ上げ、微笑んで見せた。


「お前がそう言ってくれてよかった。これで俺の役目は果たせたな」
「な、蓮二?!まさかお前・・・」
「別にカマをかけたわけではない。今までのも本心だ。油断をするなよ」


蓮二は器用にも俺と話をしている間にジャージに着替えてしまうとそのまま捨て台詞を残し部室を後にした。・・・本当にあいつにはかなわない。俺は自分の至らなさにため息をつくも、を託された俺はこのままではいけないと気合を入れなおす。しかし、の事を考えるあまり周りが見えなくなることにはどうすればよいか・・・。それに止められない自分の欲望にを晒すのは怖い。俺たちには、まだ早い。


・・・・・・を、大事にしてやらねば。訪れた平穏も束の間、俺の中で悩みはまだまだ募るばかりであった。




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