01  君がいなくなって

081029



それは突然、嵐のように木枯らしが舞うように、やってきたのだ。2年生に上がったばかりの5月のある日。



「・・・どうしよう」



机に肘をついて頬を覆い隠すように手を当てる。本当にどうしよう、だ。顔がみるみるうちに熱っていくのが分かる。こんなのって、こんな気持ちって。



「なにが『どうしよう』なの?」
「ぎゃっ!」



上から降ってくる思わぬ声に漫画のように飛び上がったあたしに、立海大付属のテニス部次期部長候補の幸村精市ことせっちゃんは、呆れたような顔をした。いい加減慣れろよ、とでも言いたげな顔をして。あたしはとりあえず心臓の動悸を抑えて、一息つくとせっちゃんは席替えして間もない彼の席へと着く。それは紛れもなく、あたしの真横。



「いきなり声かけるからびっくりしたじゃん・・・」
はもう少し周囲に注意を払うべきだよ。春だからってぼけっとしすぎなんじゃない?」



こんなにキレイな顔をしてせっちゃんは毒をさらっと吐く。それも正論なのだからあたしはうーと唸るしかない。それにしても、この状況も今のあたしには『どうしよう』だ。だってせっちゃんは、一度尋ねたら気がすむまで話題を変えない執念深い男なのだ。



「それにしても、何について悩んでいたんだい?」
「別になんだっていいでしょ、思春期なのよ」
「ふーん・・・最近、がぼけっとしてる原因、俺が知らないとでも思う?」



せっちゃんのその言葉にドキっとさせられた。いや、ドキっとじゃなくてヒヤっとかも。冷や汗、流れてきたし・・・。けれど本人はにこにこと、そんな形容が似つかわしい笑顔であたしという獲物を追い立てる。これでまたはぐらかしたら後でねちねちとしつこく言われるか、あたしが口を割るまでちくちくと嫌味ったらしい攻撃を続けるだろう。そうなったせっちゃんから逃れる方法なんてこの世に存在するのだろうか!



「・・・好きな人ができたってさっき気がついた。」
「そうだろうと思ったよ。だって最近のってば言動がおかしかったりぼけーっとしてたりしてるから。それにしても気がついたのがさっき?やっぱりはそういう色事には鈍いんだねぇ」
「え、ウソ?!あたしそんなにぼけっとしたりしてた?!」
「うん。それに気がつかないなんて相当重症だな・・・」



やれやれ、とお兄さん気取りでせっちゃんは再び呆れたように溜息をつく。あたしは自分の行動を思い返すのに必死だった。あたし、部活でも妙な行動取ってたのかな?!



「で、相手は誰なんだい?」
「え?」
「恋するには相手が必要だろ。まさか恋に恋してるだなんて言わないでよ」



そんなのあたしだって分かってるよ。でもそれを口にするとお返しがご丁重にも返ってくるので慌てて口を噤む。恋した相手。そう思うとみるみると頬が上気していくのが分かった。あたし、りんご病になっちゃうかもしれないってほどに。



「・・・・・・さなだ」
「・・・・・・真田?まさかと思ったけど、あの真田かい?」
「みたい・・・うん」



あたしが赤くなって俯いてるとせっちゃんはうーんと何か考え込むような仕草をして目をぱちくりと瞬きさせた。なんか、あたしあのせっちゃんを驚かせたみたい?



「まさか真田とは・・・俺の予想を裏切ったよ。柳辺りだと思った」
「柳なんて!お兄ちゃんだよ」
「まぁ・・・そうだね。それにしても真田かー物好きもいるもんだね」
「ちょ、それってあたしに対しても真田に対しても失礼なんじゃ・・・」
「なんで気がついたの?」



そんなあたしのツッコミはさらりと受け流してあたしに尋問するかのように次の質問を投げかけた。あたしに拒否する権限なんてきっと、ない。



「なんか・・・あんまり席替えないクラスで、ずっと授業の時は隣の席だったから、クラス変わって真田がいないんだなぁ、って思うとなんか・・・」
「淋しくなった?」
「うー・・・まぁ、うん。そんなところ・・・」
「で、気がついたら真田のことばかり考えてるって?」
「な、そこまで言ってない!」
「でもそうなんだろう?」
「・・・・・・うん」



せっちゃんはニヤニヤしながらあたしをじわじわと追い詰める。うん、と言いざるを得ない。まぁ・・・実際そうなんだからうんとしか言いようがないけど。



「そうと決まったら実行あるのみだ!さぁ、今から真田のクラスへ行くぞー」
「ちょちょちょせっちゃん!それはダメだってば!」
「なんで?こうでもしないとあのカタブツは口説き落とせないよ?」
「カタブツって・・・仮にもあたしの好きな人なんですけど」
「まぁ冗談だよ。でもあいつは恋愛そのものに興味がないっていうか余裕がないっていうかさ、バカに真面目だからさ」
「分かってるよ!でもいいんだ、今は想ってるだけで」
「よくないよ!そうじゃないと面白くないじゃないか!」
「(面白くない・・・?)でもまだ告白なんてしないよ!」
「分かってるよ。君もそういうのにはかなり奥手な方だろ?まぁ君がアメリカにいる間の恋愛経験は知らないけど」
「・・・別にアメリカにいる時にそういうことなんてなかったし」
「もっと外国の影響を受けてスキンシップがバリバリになって帰ってきたと思ったらこれだよ。おまけに変なところあいつみたいに真面目だし!」
「悪かったわねぇバカに真面目で・・・」



あたしが頬の筋肉を引き攣らせて答えるとじゃぁ行こうか、とせっちゃんが席を立った。昼休みの終わりを告げるベルは、まだ鳴らない。



「え?え?ちょ、どこに?」
「どこって、柳のクラスだよ。どうせバレることだし報告にでもさ。ついでに柳ののデータを書き換えることになるだろうからね」
「そんな気遣わなくていいからあああ!ねえちょ、せっちゃんやめて、待ってええええ!!!」



つかつかと競歩のペースで歩くせっちゃんにあたしは阻止しようと必死だったけど、最終的にあたしは引きずられるようにして柳のクラスまで連れて行かれた。ちょっとちょっとあたし、どうなっちゃうの!


そうしてあたしはニコニコと笑みを絶やさないせっちゃんの隣で、柳に洗いざらい話すことになるのでした。柳は開眼するし、データを取るために筆は動きっぱなしだし挙句の果てには仁王たちにも報告しに行こうかだなんてせっちゃんが提案しだした。それだけはなんとか阻止したけど。どうしよう、先行きがもの凄く不安です。







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