ex.   光の世界

130319


がアメリカから帰ってきたのは小学6年生の4月。それは今からもう4年も前のことだ。あの頃のことを俺はよく覚えている。アメリカから帰ってくる、と母親がのお母さんから連絡をもらった時俺は彼女の顔をうっすらとしか思い出せなかった。毎年送られてくるクリスマスカードは、の断片的なものでしかない。幼稚園の頃、よくお砂場で一緒にどろんこになったり、小学1年生の頃は隣の男子の髪の毛を引っ張って泣かせたりしたりとってもやんちゃな女の子だった。それはアメリカから帰ってきた4年後の再会でもちっとも変わっていなかった。


全校生徒前でが転校生として紹介された時、アメリカから帰ってくる帰国子女なんて当時いなかったから注目を浴びてたね。はかわいらしく髪をツインテールにしていて、顔つきは整っていたんだけれども、キツめの目つきをしてた。それでも冷たい雰囲気ではなくて、にこりと笑うとそれはもう周りをも明るくする、そんな子だった。そして俺達は運命的にも同じクラスになった。母親からは帰ってきて右も左も分からないのだろうから世話をしてあげなさい、と言われていたけれどそんな心配もいらなかった。彼女はすぐに友達をたくさん作ってクラスに打ち解けた。明るくハキハキとした性格で周囲から好かれ、アメリカ帰りだからたまには鼻につくようなことも言ったりはするけど、笑顔の絶えない子だった。


は相変わらずやんちゃで、はっきり言って彼女はクラスの女の子版ガキ大将という感じだった。女子には優しいも、男子には全然容赦がない。毎日悪口を言った連中を追っかけてコテンパンにしたり、女の子をいじめたりする男子に正拳くらわせたり、掃除をしない男子を足蹴にしたり・・・まあ一言で言えば凶暴だっだね。フフ。俺とは初め親同士の関係でしか接点がなくて、お互い苗字で呼び合っていた。10月での修学旅行の出来事以降、とは仲良くするようになった。それからと唯一追っかけまわしたりしないで仲良くする男子は俺だけだった。



俺はと言えば、どちらかというとクラスでバカ騒ぎしている男子と違って、クラスの片隅で静かに本を読んだりベランダに置いてある鉢植えに水をやったりという生物係なんかも任されていたりして大人しい分類だったと思う。でも正直言って、スポーツや勉強ができる甲斐もあって女子からは羨望の眼差しで見られたりするようなポジションだったかなあ。自分で言うなって?だって事実じゃないか。そんな事もあってか、少し俺はクラスの男子に目の敵にされている節もあった。コソコソと悪口を言ったりするような陰湿な連中。まあ、俺はそんなヤツらとは付き合う気はなかったけどね。



とはまた交流を始めた後からよく遊ぶようになった。俺の家に泊まりに来たり、家族ぐるみで旅行に行ったり。俺達は家族を含めてあっという間に親密になった。それで俺がテニススクールに通っていると知ったは俺の試合を見に来るようになった。も剣道道場に通っていたので、俺もたまに彼女の勇姿を見に行ったりしていた。


そんなある日、が学校で母親と共に呼び出された。急に呼び出されたものだから俺は心配になって彼女の後をつけていったんだけど、職員室で聞こえた先生の言葉に衝撃を受けた。


、どうして中山を殴ったりしたんだ?理由があるはずだろう」
「・・・・・・」
「言ってみないとわからないぞ?何かお前を怒らすことを言ったんだろ?」
「・・・・・」
「中山は頭にケガをしたんだぞ?病院で診てもらってたんこぶで済んだからまだ良かったものを・・・それを理由もなく殴っただなんておかしいだろう」
「・・・言いたくないです」
「うーん困ったなあ・・・とりあえず今日は帰りなさい」


はそう言われると気を落としたような顔をして、すごすごと職員室から出てきた。俺はただただ驚いて、投げかける言葉もなかった。が職員室から出てきて俺を見かけた時、ものすごく驚いたような顔をした。けれど何も言わない俺を見て気まずそうに顔を歪め、目を伏せながら何も言わずに教室へ戻っていってしまった。どうしては中山を殴ったんだろう。いつものはこんな教師に呼び出される程の問題を起こしたりしない。そしてえらく悲しそうな瞳をしていた。俺はグルグルとまとまらない思考で考えを巡らせていた。それと同時にがそんなことをするなんて、というショックも隠せずにその日がいないまま俺は上の空で残りの授業を過ごしたのだった。











* * *










それからしばらくは浮かない顔をして大人しく学校生活を過ごしていた。クラスにはあの日のと中山の事件は話されてなかったけど、皆その出来事を知っているようだった。俺はあの時のの不可解な行動に納得がいかず、に声をかけることもなく数日を過ごしていた。そこで俺とが話さなくて3日目、休み時間に教室の隅にいる噂好きな女子達から信じられない言葉が耳に飛び込んできた。


さー中山殴ってケガさせたって知ってる?」
「知ってる知ってる。ちゃん珍しくすごく大人しいもん」
「当たり前でしょ、中山ケガさせたんだから・・・」
「わたし、実はが中山を殴った時その場にいたんだよね」
「ウソー!何してケガさせたの?」
がすっごい怒って箒で中山叩いちゃったの。ほら、って剣道やってるじゃん?それで多分めっちゃ強く叩いちゃったんだと思うんだよねー」
力強いもんね・・・それにしてもどうしてそんなにを怒らせちゃったの、中山は?」
「それがね、中山が幸村くんの悪口言ったのにちゃんめちゃくちゃ怒っちゃって。ほら、幸村くんカッコよくて勉強もできてスポーツ万能じゃん。それで中山が他の男子に『あいつちょっとなんでもできるし顔がいいからって調子乗ってるよな。マジ気に入らねー。テニスとかやってんだろ?すました顔してすげえムカつくよな。いつかあいつ痛い目見せようぜ』ってね。ちゃんがそこにたまたまいてね、掃除中だから箒持っててもうガチギレ」
「じゃあ中山が悪いんじゃん。ちゃんもやりすぎだけど・・・」


俺はその言葉を聞いてから騒々しい教室が静まり返ったかのように錯覚した。が俺のことで激怒しただって?なんだそれは。のあの苦痛に歪んだ表情、俺は見ていたはずだ。それを俺を庇って暴力を振るっただって?・・・は何て大馬鹿なんだ。俺の男子からの悪口なんていつものことなんだから・・・。本当に・・・俺もバカだなあ。俺は込み上げてくる感情に悔しげに失笑を漏らすと、ハッとの所在を確認した。どうやらは席を外しているようで、教室には見当たらない。俺は駆け足で教室を飛び出す。廊下でを探して駆けまわった。しかし見当たらない。校庭にいるのか・・・?俺は少ない休み時間、ものすごい速さで走り校庭へと出た。見渡す限りはいない。



が好んでいるところはどこだろうか。教室、廊下、校庭・・・。俺は冷静になっての居場所を考えた。けれど思いつくのはどこもありきたりな場所ばかり。そこでふと、考えがよぎった。は人目につく場所にいたがらない。だったら・・・小学1年の時にが一緒にかくれんぼした時の事を俺は覚えている。はそういえば最後まで見つからずに誇らしげに勝利を謳っていた。がずっと隠れていた場所、それはプールの裏の細い小路。地面がでこぼこしていてほとんど人が通らず、光が当たらない場所だ。俺は時計を確認する。授業開始まであと8分。そろそろ教室に戻らないと授業に間に合わない時間だ。しかしそんなこと、今は関係ない。俺は今すぐに言うべきことがあるんだ。



       !」
「・・・・・・・せっちゃん」


は小さくうずくまってプール際の小路に座り込んでいた。その手にはの好きなファンタジー小説。


「何してるんだよ、こんなとこで・・・」
「何って、読書?」


はへらりと笑って表紙を見せると俺はますます情けなくなった。こんなジメジメした場所で、一人で読書しているだなんて・・・。全然らしくない。俺は予鈴が鳴ったのを耳にしたけどそんなこともお構いなしに俺は話を続けた。


・・・」
「せっちゃん、早く帰ろ!授業始まっちゃうよ?」


はにこにこと笑顔を崩さず立ち上がる。何もなかったようにしようとしているけど、は単純で分かりやすい。



は・・・バカだな・・・」
「酷いなあ、せっちゃん!あたしがバカだなんて前から知ってるよ」
「ホントに・・・ホントにバカだよ・・・・・」



俺が力無く笑うと、は堪えきれず涙を流した。このすぐ泣いてしまう、泣き虫で、甘えん坊で、それでいて凶暴で。世話のかかる幼馴染だけれど。



、こんなところで読書だなんて陰気くさいよ」
「うん、そうだね・・・」
「帰ろうか」
「・・・・・うん」


君にはこんな暗い日陰は似合わないよ。さあ、と俺はの手を取る。も俺が話しかけたことにホッとしたのか鼻をぐすぐす鳴らしながらも再びあの温かい笑顔を取り戻した。ああ、それでこそだ。君には光の世界が似合う。いや、こそが俺の光の世界だ。


「せっちゃん何笑ってるの」
「フフ、はバカだなあってね」
「それはさっきも言ったじゃん!もーせっちゃんってば意地悪だなあ」


俺達は手を取り合って教室へ戻ると、授業に10分も遅れていて案の定先生に怒られてしまった。けれどそんなことはどうでもいい。俺はこの時から、を悲しませてはいけないんだと思うようになった。この子の笑顔を絶やしてはいけないと。光の世界を歩くべき子なのだと。俺がにとって大切な幼馴染だというよりも、俺にとって君はかげがえのない存在なのかもしれない。だから、絶対君を幸せにする。



その後南湘南小学校を卒業した俺達は、受験を経て晴れて立海大附属中学校の生徒となった。俺はテニス部に、なんとはテニス部マネージャーに。そこで真田とが出会い、1年の頃はほぼ顔を合わせる度に口喧嘩をしていて、けれどまさかあんなことになろうとはね。まあそれはそれでまた別のお話。






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