それはまだ蒸し暑い夏の日の夕方の事であった。わたしにはホグワーツに入学して以来、恋に落ちてしまった御方がいた。御方となぜ呼ぶのかって、それはもうわたし達とは次元が違う、素敵な人だから。彼がひとたび歩けばどんな女子でも振り返り、また彼がひとたび笑えばどんな女子でもその笑顔にメロメロに溶かされてしまう。ああ、わたしはなんて人を好きになってしまったの?

「まーったくったら本当に懲りないわね」
「だーって、あのマスクにメロメロにされない女子でもいると思う?いるとしたらそれはあなただけだけだと思うけど、
「わたしはあんな色男よりもっと物静かで大人な人が好みだわ。例えばルーピンみたいな……」。それにあの色男に惑わされないといえばリリー・エバンズだってそうじゃない」
「リリー・エバンズにはシリウス・ブラックの片割れのジェームズ・ポッターがいるじゃない!ああ、あの人達って本当にステキ。わたしが一生お近づきになれない人種だわ……」
「夢ばっか見てないであんたは現実見なさい」

は魔法薬学のPと書かれた不名誉なわたしのレポートをヒラヒラとはためかせていた。それを奪い返すとわたしは一気になんだか自分が情けなくなってきた。成績も魔法史とルーン文字以外は平均かそれ以下。珍しく日本から来たアジア人だからって、それ以外特筆すべき事は何もない。顔だって並みだし、スタイルだって典型的日本人体型。太ってないだけいいのかもしれないけど、別にモデルみたいにスレンダーなわけではない。胸だって平均並みにある程度。勇敢なるグリフィンドールに入れたはいいものの、わたしに一体どこがグリフィンドールの要素があるんだろう?我ながらよくこんなにも『普通』という文字を体現しているかと思う。

「わたしは一生日陰の中を歩いて行く運命にあるんだわ……」
「あら、影があるからこそ光があるのよ」
は大人ね……。わたしはそんなに割り切る事できないわ」
「わたしはただ単にこうやって生きていく事が好きなのよ。目立った集団の中にいるよりも親しい友人と静かにひっそりと過ごしていたいだけ」
「それでもは美人だもん。あーもう自分が平々凡々すぎてやんなっちゃう」
「こら。人間は顔じゃないのよ、ハートが大事なの」

でも顔の造形が美しい人ってハートも洗練された人が多いと思う。一度だけリリー・エバンズと接した事があるけれど、あの人はつんつんしているように見えてとても優しい。わたしはシリウス・ブラックと同時に彼女にもとても憧れていた。燃えるような美しい髪、グリーンの意志の強い瞳。ああ、ああいう美人ってどうしたら出来るんだろう?おかしいな、わたしも同じ物毎日食べてるはずなのに……。

「また始まった、の他人が羨ましくてしょうがない癖。その癖、直した方がいいわよ」
「だってだって、わたしにないものを皆持ってるのよ?」
「言ったでしょ、ハートが大事なのよハートよ、

そう言うの横顔は綺麗。彼女は自分の意見をしっかり持っていて他人に揺さぶられない。だからわたしをぐいぐい引っ張ってくれて、わたしはとっても彼女を頼りにしている。華やかな顔ではないけれど、整った顔立ちをしている。その瞳が彼女の芯の強さを物語っていた。

「そういえば今日のシリウス・ブラック見た?泥だらけになって走ってきたじゃない。それで誰かが仕掛けた糞爆弾に足引っ掛けて転んで笑ってた姿でも本当になんていうか……。もう何をやっても様になってるっていうか?その笑顔が男の子っぽくてああ、もうたまんない」
「大体4年生になってまでそんな子供っぽい事してるのがわたしには信じられないけど」
「あのハンサムっぷりで成績優秀、スタイル抜群、それでやんちゃなところが!魅力なのよ!」
「だからさっきも言ったでしょ、わたしはもっと大人しい人の方が好きなの。子供っぽい男はガキのお守りになりそうでイヤ」
ったら、ヒドーイ!」
「何よ好みの問題でしょ」
「それはそうだけど……。ああ、シリウス・ブラックの好みの女の子ってどんな人なのかしら?彼と噂になる人達は皆美人だから美人が好きなんだろうけど……。可愛いらしい雰囲気ってわけではないわね、やっぱり元の顔が綺麗じゃないとダメなのかしら。でもブロンドオンリーってわけでもないし、色んなタイプの美人が歴代彼女にいるっていうし……。ああ、わたしに少しでもリリー・エバンズの要素がひとかけらでもあればいいのに……」
「……はぁ。いつになったらわたしの言う事が分かるのかしら、この子は」
「ハートが大事なんでしょ?」
「ええ、そうだけど……。いい、?あなたにあってリリー・エバンズにないもの、あるでしょう?それを大事にしなさい」
「???リリー・エバンズになくてわたしにはあるもの???」
「ええ、そうよ。それじゃあそろそろ夕食へ行きましょ」

が急にわたし達が座っていた木の幹から離れて行ってしまうものだから、わたしは慌てて荷物をまとめて駆け出した。リリー・エバンズになくて、わたしにあるものとは一体何なんだろう?この真っ黒い髪とか?わたしは親友に言われた言葉を頭の中でぐるぐると駆け巡らせながらの伸びる影の後を追いかけるのであった。




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