朝起きれば天蓋が目に入る。僕はこの身に起きたことがただの夢に思えた。いや、夢だったんだ。あんな奇妙な夢を見ることもあるのだ。得てして夢とはそういうものだ。僕はそう、自分に言い聞かせて体を起こす。昨日の出来事に僕との間に何の証拠もない。あるとしたら       あの妙にリアルなの艶めかしい声と、唇の感触だけだ。馬鹿馬鹿しい。夢だと何度言えば分かる。いつものように大広間へと続く廊下を通れば生徒が行きかうホールへと出る。食事を済ませ、僕は寮へ戻り、授業のある教室へと赴くだけだ。とは、あの図書室以外では会わないはず。僕は思考がまた彼女に逸れていったのを不服に思い、用のなくなった大広間を後にすると、何やら異様な光景が視界の端に入った。だ。僕には関係ない。僕はそう思うと踵を地下へと返したが、彼女をこの時間にあんな場所で見かけるのは何か不吉な前兆な気がした。いらぬ好奇心も手伝って僕はなぜか彼女が消えた、人目のつかない廊下へと踏み出していた。確かに、あの絹のような黒髪を引かせてあの角へと消えたのは、だった。
「最近あのスニベリーに付き合っているみたいだが」
「なんのこと?知らないわ」
「白を切ったって俺は知ってる」
「だってあなたが彼のこと面白いって言ったんじゃない」
「ああ、面白いさ。だがそれは俺とジェームズにとってだけだ、
「そうかしら?妬いてるの、シリウス?」
「あいつに妬くほど俺は落ちぶれちゃぁいない」
そういってあの時の夢のようにブラックはに口づけをする。は抵抗するまでもなく、彼を受け入れるように腕をブラックの首に回した。僕は静かにその場を後にすると、とてつもない吐き気を胃に感じた。夢だったのだ、あの出来事は。は月曜の昼に訪れちゃいない。すべては僕の空想の出来事だったのだ。僕は走って寮へと戻るといやな汗を拭う。今となってはあの狐に化かされたような出来事はすべて夢だったのだと信じられる。なんともいえない嗚咽を、僕は抑えるのが精いっぱいで、なんの理由でこんなに体に異常をきたしているのかも僕にはわからない。僕はすべてを忘れようと、忘れたいと、願い、いさえもしない神にさえも祈りたい思いでいっぱいだったのに、昼下がりは残酷にもそれを
「セブルス」
甘い声が誘う。面白がられたのも知っている。全てが夢なのだと信じていたかった。だがはいる。蝶のようだと思った。花から花へ、ためらいもなく蜜を吸い取り運びゆく。いや、僕は花なんてたいそれたものではない。彼女にすれば羽休めに、枯草にとまっただけなのかも、しれなかったのだから。

まえ / もどる / あとがき 090326