いたずらっぽく笑むが好きだった。動物たちと戯れて見せる華やぐ笑顔も、時折独りでぼうっと、憂いを浮かべたところも、ずっとずっと、好きだった。は夢かうつつかまぼろしか、儚く消えていきそうにするりと俺の腕から抜ける。でも、それは俺の思い違いだと、そう言い聞かせてきた。は無邪気に笑う反面俺よりずうっと大人なんだ。老いる年は同じでも、はいつもどこか別の世界を眺めていた。はマグル育ちだから俺の知らないこともよく知っている。だからこそ、未知の世界に誘われるように、俺もの魅力へと誘われたのかもしれない。



「夢って寝て見るものでしょ、普通」


「普通、な」



は突拍子もないことをいつも平然と言ってのけるから、慣れていないやつらは訝しげな目でを見張るものも多い。俺なんて初めて会った時、「堕天使は何を糧にして生きてると思う?」だなんて聞かれた。その時は全く不可解な質問に眉をぴくりと痙攣させるだけだぅた。きっとおとぎ話のお菓子の家にでも住んでるじゃないかと思うほど、浮世離れした子だった、恐ろしく純粋なほどに。



「でも目が覚めていても夢って見るみたいなのよ、知ってた?」


「まぁdaydreamだなんて単語もあることだし、あるんじゃねぇの」


「シリウスって、センスない」



失礼極まりないことをは睫毛の影を頬に落として答える。どこが?と質問を述べようと思ったが、の答えはきっと俺には理解できっこない。はきっと自分なりのおとぎ話の世界観というか、価値観というか、なんというか。住む世界を間違えたのかもしれない、とふと思う事がある。でも、この時のはとても楽しそうに笑っていて俺はそれだけで心が安らいだので結局俺にはが笑えばどうでもいいことなのかもしれない。



「だからもしかして、今シリウスと話してるわたしも夢かもしれないって言ってるのよ」


「はぁ?夢なわけないだろ。だって、俺はに触れられる」



俺はの頬に手を伸ばすとくすくすと笑みを零した。すべらかな頬に触れると手のひらがほうっと温かくなった気がした。



「でももしかしたら痛みはないかもしれない」



が俺の手の甲を優しくつねった。痛くはなかったけど、さすがに肉の摘まれる感触が俺を支配した。手から流れるの体温と、かの指先から伝わる柔らかな痛み。これは決して夢じゃないと信じたかった。夢だと信じたくなかった。



「痛い?」


「そんなつねりかたじゃ痛くもかゆくもねぇ」



つっけんどんな俺の物言いに反して俺は優しく微笑んだ。はそう、と一言告げるとするりと指を離した。肉のはじけるような感覚が手の甲に残る。の細い指が恋しくて、落ちゆく手のひらを掬おうと手を差し伸べたらはいなかった。目の前にあった体温も、開け放たれた窓の穏やかな風と共に消えてしまっていた。しかし、の傍にあった蝋を塗られた机も、花の紋様が入った椅子も、何も変化がない。ふと、階段から聞こえる足音を目で辿ると、ジェームズが惰眠を貪っていたのか特徴のある跳ねた髪を掻き毟しながら下りてきた。大きな欠伸をしながら、眠気眼で俺を視界の端で見つけたようだ。



「シリウスなにひとりで黄昏てんの」


「なぁ、お前って知ってるよな?」


「は?誰それ?」


「俺たちと同じ学年のだよ」



微かに震える声でそう、ジェームズに尋ねるとあからさまにジェームズは首をかしげた。コイツが少しでも俺をからかっているんだったら殴ってやろうかとさえ思ったが、ジェームズは全くのことなんてこれっぽっちも存在してないかというように不思議そうに俺を見つめ返した。息が、詰まる。大丈夫か?だなんて気遣う声さえも耳のどんな器官をもすり抜ける。どくんどくんと、それは俺の脳天を過ぎった。堕天使はきっと聖なるものを裏切ったことを得意にして生きてるんだと思う。そう答えたら赤みがかった陽に照らされたは嬉しそうに笑んだ。照れていたのかもしれない。きっと、今俺は夢の中。寝ても覚めても、きっと、ずっと。