鈴の鳴るような声が僕の名前を呼ぶ。声色ひとつで、僕はの様子が手に分かる、と思う。今は、ほら。淋しくて淋しくて死んでしまいそうだ。庭のブランコに揺られながらの声が何ひとつ、耳に届いていないかのように僕はぽっかりと雲の隙間に空いた青い水溜りのような空を見つめた。



「シリウス、シリウス!」


「今度はなんだよ、。また花瓶でも割ったの?」


「ちーがう、そんなこと言ってるといいものも見せてあげないわよ!」



は笑っていた。でも、声が笑っていないと思った。は僕がいないと淋しくて淋しくて死んじゃうんだ。僕ががいないと死んじゃうように。


は僕のポロシャツの裾を引っ張ってどこかへ連れて行こうとする。眉を顰めるとはいーから!と今度は僕の後ろに回って背中をぐいぐいと押した。まったく、この細い腕のどこにこんな強い力があるのか。分かった分かった、と流すように返事をすると早く早く、と急かすためには風のようにひゅんと僕を横切る。ちょこまかちょこまか動くはまるで落ち着きのない蝶々のようだと思ったけど、は移り気が激しい女の子でもないから、何かいい例えに結びつかないかと考えながらの後についていく。が歩くたびに柔らかい、湿り気のある風がレースをあしらったピンクのワンピースを波立たせる。



「ほら、あそこ!虹、見える?」


「いいものってこれ?」


「そう、・・・文句ある?」



別に虹なんてなんの面白みもない、と思ったけれど口を噤んだ。そんなことを言ってしまえさえすればはこれから半日、口もきいてくれないだろう。だから僕は虹に見惚れるように装うと、はそれに満足したのかにっこりと口を緩ませてぼすん、と芝生に尻餅ついた。



、服汚れるよ」


「いーわよ、別に。」


「僕がおばさんに怒られるんだ」



そんな風にぐちぐち言っておきながらも僕も芝生に腰を下ろした。白いズボンをはいているから、きっと僕の服も汚れるだろう。でも、のためなら怒られるのもいいかな、と思った。どうせもおばさんに怒られるんだし。でもあのヒステリックな母さんを沈めるのは、面倒くさいことだなぁ。



「虹、シリウスはキレイだと思わない?」


「きれいなんじゃない」


「うそだ、おもってない!」



はぷうと頬を膨らませる。がいじけた時の癖だけど、ほんとはいじけてない。僕にかまってほしくてはわざといじける。はいじけるのが上手だけど、僕の前だけは通じない。それでもはいじけると僕がかまってやるからきっとそのことを知らないと思う。



「ほら、。そろそろ帰らないと怒られるよ」


「もう少しだけ。」


「服が汚れた上に遅くなって怒られるのはいやだよ、ほら、



はやだやだと駄々こねたがそれにかまわず僕はの手を取る。は口を尖らせてこの期に及んで渋っていたが仕方がない、と僕を小馬鹿にしたように手を握り返したけどその声は笑っていた。は随分と分かりやすいやつなんだなぁ、としみじみ思う。



「シリウス、笑ってる。」



にそう言われたとき、案外僕も分かりやすい性格をしてるのかもしれないなと思った。僕の大きい歩幅に合わせては早足で僕の手をしっかりと握った。いつも見慣れたこの庭もと手を繋いでいるとどうしてか、とても美しい場所に見える気がする。手から伝わる脈拍をしっかりと肌に刻んで、雨があがった後の特有の匂いを胸いっぱいに吸い込むとこの世界がどうしても僕たちのために創られたのかと錯覚してしまう僕は今、の隣にいる。









080609 花緒嬢と二度目の夏にかんぱい!柚子