山吹中学校の刺客 : 千石清純


お、あの深い緑のブレザーは・・・立海の制服だ。それに可愛い、というよりかは美人な女の子。今日俺は駅ビルに南と待ち合わせて買い物に来てたんだけどこれはまたラッキー。あの女の子に声をかけちゃおう。南も少し遅れて来る事だし。俺はチラチラとあまり不審にならないようその子を観察する。うん、遠目から見ても今日見た女の子達の中でも上位にランクイン。シュシュでまとめられた黒髪のポニーテールに、キリっとした顔立ち。ナンパなどに見向きもしない、手強そうな女の子だ。でも何て言ったって今日の俺のラッキーカラーはグリーン。ちょっと気の強そうな女の子にだって挑戦したって大丈夫ってことだ。彼女が本屋に入って、本棚に向かって背伸びしているところを俺は目に捉えた。よし、今が絶好のチャンス!


「取れない本があったら取ってあげようか?」
「あ、ホントですか?じゃあその上から二段目の『恋する動物行動学』っていう本お願いします」


動物行動学の本?頭良さそうな本を読むんだなあ。俺はひょい、と軽々本を取ってあげて接近した彼女の顔をまじまじと見た。この子は、立海のテニス部マネ、ちゃんじゃないか!


「ありがとうございます・・・って、あ」
「君、テニス部のマネのちゃんだよね?」
「あ、あたしのこと知ってたんだ」
「もっちろん!可愛い女の子のことについてはいつもチェックしてるからね」
「わかる。可愛い子はついつい見ちゃうよね・・・」


意外な彼女の反応に俺も不意を突かれてびっくり。こういうタイプの女の子って、俺のこういうおちゃらけた所を軟派に感じて嫌そうな顔をするんだけど。この子はどうやら変わってるようだ。


「へえ、君も可愛い女の子が好きなんだ?」
「うん、可愛いは正義!千石くんもそう思わない?」


真面目に受け答える彼女に俺はプッと吹き出してしまった。この子、なんだか面白い。


「ああ、そうだね。それにしても俺の名前を覚えてくれてるだなんて光栄だな」
「当たり前じゃない。山吹中のラッキー千石でしょ?千石くん目立ってるからさ」
「あははは、そうかなあ。もし良かったら俺とお茶しない?」
「ナンパはお断りします。千石くんがチャラいのも有名だし」
「・・・なかなかきっぱり物事を言うね、ちゃんは。でも君にちゃんと真田っていうカレシがいるのは知ってるよ。それに真田のカノジョなんかに手を出す事なんてとても恐ろしくてできないね」


俺が言うと彼女はくすくすと笑った。女の子ってこういう風に俺の冗談にも笑ってくれるから可愛いよなあ。それにこんな美人な彼女がいる真田、すごく羨ましい。ああ、俺も可愛い彼女が欲しいなあ。



「千石くんは何でここにいるの?買い物?」
「ああ、そういえば南と待ち合わせてたんだった。もしかしてもう待ち合わせ場所についてるかな」
「・・・南、山吹の部長の南くんか」
「おお、そうだよ。あいつをちゃんと部長として認識してくれてるんだね」
「それって南くん普段は認識されてないってこと?かわいそう・・・」
「アハハ、まああいつは堅実だからね。東方と相まってあんまり目立たないのさ」
「そうだね、山吹は亜久津とか千石くんみたいな人がいるとね」
「千石!ここにいたのか、探したぞ」


俺達が談笑していると噂をすればなんとやら、我らが部長の南がやってきた。あ、もう元・部長か。


「ケータイに連絡しても返事がなかったからな」
「ごめんごめん、ちゃんと話しててさ、ケータイのこと忘れてたよ」
「いや、いいんだ。遅れたのは俺の方だし・・・ってその立海の子は?」
「やだなあ、南。立海のテニス部のマネージャーはお前も知ってるだろ?」
「えっと、こんにちは」
「あー!いやすまんすまん。何しろ話す機会がなかったもんで・・・君の事は知ってるよ」
「さっき南のこと話してたんだよ。南、ここにちゃんと君を部長だって知ってる子がいたよ!」
「えっ?あ、ああ、それは良かった。いや俺は何しろ地味でね。千石が部長だって思われてる事がよくあるんだよ」
「あー・・・まあそれは。でも南・東方のダブルスペアは全国区の実力派だって分かってるし、ね」


褒められた事に気を良くしたのか、南は嬉しそうに照れていた。くそう、お前だけちゃんに褒められてずるいぞ南。ラッキカラーグリーンは果たして俺に働きかけてくれてるのか?


「ここで立ち話もなんだから、もしさんが良ければ、近くの喫茶店で話すのはどうだい?あ、俺は千石と違ってナンパじゃないよ」
「ひどいなあ、南。うん、でもちゃん俺達が奢るからさ、一緒にどう?ここの近くに美味しいケーキがある喫茶店があるんだ」
「うーんー、奢ってくれるならいく」
「ううん、現金だなあ。でも正直でいいね」


俺は笑いながら言うとちゃんはバツが悪そうにうるさいなあ、と呟いた。ああ、顔を歪めるのも美人は美しく見えるんだなあ。俺はそんな事を考えながら本を精算してるちゃんを南と本屋の入り口で待つ。


「ごめんお待たせー」
「いやあ、待ってないよ。じゃあ行こうか」


南とちゃんは意外と話が合うようだ。それもそのはず、ちゃんはクラスのキャピキャピしたオシャレと恋バナに興味津々の女の子達みたいなタイプじゃなくて、どちらかと言うと真面目な学級委員タイプの女の子だからだ。と言っても、話を聞いている限り変わり者の節もあるけど。俺達は近くにある評判の喫茶店に入ると、俺はエスプレッソとレアチーズタルト、南はコーヒー、ちゃんはオレンジペコにショートケーキを頼んだ。うーん、チョイスがさすが女の子だなあ。



「そういえば不思議に思ってたんだけど、ちゃんは真田とどういう話するの?ほら、真田って部活以外だとどんな感じなのかと思ってさ」
「うーん・・・どんな感じと言っても・・・あんまり変わらないよ。それにしてもここのケーキ本当に美味しいね!ショートケーキ大好き!」


ぱあっと笑顔を惜しげもなく散らして笑うちゃんは可愛い。それに美人にケーキと紅茶も似合うこと似合うこと。それにしても話を逸らされたな。あまりカレシの話は気恥ずかしくてしたくないのかな?


「気に入ってもらえたようで良かったよ。ちゃんは幸村とかとも仲良いんだろ?よく話してるのを見かけたよ」
「うん、せっちゃんとは幼馴染なの。小さい頃よく一緒に遊んだり、家族ぐるみで仲良いからね」
「そうだったんだね〜。幸村はほら、長期間入院してたよね。あの時ちゃんも大変だったろ?」
「うーん、そうだね。ほらせっちゃんって絶対的な統率力があったからさ。弦一郎もリーダーシップには長けてるんだけど、やっぱりせっちゃんがいると部員の気の引き締まり方が違うっていうか」
「俺もそんな部長になれたらなあ。見習わなくちゃな。といっても、もう引退した後だけどな」


三人で仲良くお茶しながら談笑しているところ、店のドアがけたたましい音を立てて開いた。なんだなんだ、そんな乱暴者は。俺は店の雰囲気に全くそぐわないよく見知る大男が入ってきたのにびっくりしてエスプレッソを喉に詰まらせた。


「ゴホッゴホッ」
「だ、大丈夫千石くん?」
「あ、ああ・・・ちょっとむせただけだ」


すると俺の異変に南は気づいたのか、あ、と小さく声を上げてそいつを見上げた。ちゃんは丁度入り口を背にして座っていたので、なに、なに?と言いながらキョロキョロしている。亜久津は俺と南に気づいたのかその蛇のような目で俺達を睨んだ。まあ、いつものことなんだけど。


「やあ、亜久津。こんなところで会うなんて奇遇だね」
「ああ?太一がここがいいって無理やり連れて来られた」
「壇くんもいるのか?」
「はーい、千石先輩、南先輩!・・・と、この女の人は誰ですか?」


ちゃんは口を半開きにしてぽかんと亜久津を眺めていた。そりゃ流石のちゃんも、亜久津が急に現れたら驚くだろうなあ。俺は苦笑いしながらも壇くんと亜久津に彼女を紹介してあげた。


「この子はちゃん。立海のテニス部マネージャーだよ。壇くんも覚えてるだろ?」
「あ、そうです!僕知ってます、立海のマネージャーさん!あの幸村さんを叱り飛ばせるくらいすごいってって記事で読みました!」
「・・・くだらねえ」
「くだらなくて結構。壇くんは初めましてだね」


うわっ、ちゃん怖いもの知らずだな。あの亜久津に言い返すなんて凄い度胸だ。それに亜久津に凄んでる。・・・なんて気の強い女の子だ。


「すごいです!こんな所でさんに会えるなんて・・・僕密かに尊敬してたんです!」
「あ、ありがとう」
「太一、うるせえからやめろ。みっともねえ」


すると壇くんは「はいです・・・」と言って大人しくなった。


「まあまあ亜久津、立ち話もなんだから座りなよ」
「知らねえ女と同席する筋合いはねえ」
「いいわよ、あたし帰りますから!」


南がそう促したけど、すでにちゃんは綺麗にショートケーキをたいらげていて、荷物を持って立ち上がった。ええ、もう帰っちゃうの?せっかく可愛い女の子との喫茶店デート(南もいたけど)だったのに。


「ええ、もう行っちゃうんですか?」
「うん、こいつがあたしのこと目障りみたいだからね」
「ええーっ、亜久津先輩!この人と僕喋りたいです・・・ダメですか?」
「チッ・・・とっととモンブラン食って俺は帰るからな」
「わーい!やったです!亜久津先輩ありがとうございます!」


無邪気に喜ぶ壇くんに亜久津はどうやら押されたらしい。亜久津は壇くんには少し甘いからな。ちゃんもそんな壇くんの反応をおざなりにはできないらしく、立ち上がりかけたところまた椅子に座った。けれどその表情は厳しい。うーん、なんとかこの場を和ませる方法はないのだろうか・・・。壇くんはロイヤルミルクティーにレモンパイ、亜久津はコーヒーにモンブランを頼んだ。


「そういえば壇くんは何でちゃんを尊敬してるんだい?」
さんは立海の真田さんの彼女さんなんですよねっ?!」
「ゲホッゲホッゲホ」


今度はちゃんが顔を真っ赤にしてむせる番だった。壇くんの急な言葉に驚いたらしい。


「そ、そうだけど・・・」
「すごいです!!あの皇帝と呼ばれる真田さんと付き合ってるなんてすごすぎます!!」
「ケッくだらねえ」
「そうだよなーあの真田と付き合ってるなんてすごいよな。真田は自分にも他人にも厳しいもんな」
「そうなんです!!そこで僕は真田さんと付き合ってるさんから、普段真田さんはどんな風なのか聞きたかったんです!」


先程俺が投げかけた質問と同じことを訊く壇くん。でも今度はなんだか純粋すぎる壇くんに押され気味のちゃん。確かに僕も普段の真田くんには興味がある。意外にもカノジョの前では違う一面を持っていたりして。


「そう言っても・・・ほんと、普段も変わんないって。朝4時に起きて9時には寝ちゃうし、赤也怒鳴ってばっかだし、あたしのこともガミガミ言うし・・・。『そのスカート丈は何だ!!』とか『そんなに少食でどうする!もっと食わんか!!』って言っておにぎりよこすし。この前なんて数学で赤点取っちゃって弦一郎に補習されちゃうし・・・」
「案外真田は世話焼きなんだな・・・」
「そうなの、うるさいの!塾の先生と授業終わっても遅くまで話混んじゃうんだよねーって話したら『そんな夜遅くに帰ってくるなど危ないではないか!俺が家まで送り届ける!』って言ってきかないし・・・」
「アハハ、それはちゃんが心配だからだよ。それにしてもちゃん、それはノロケだね」
「えっどこが?ぎゃんぎゃん言われるんだよ。それも毎日」
「でも真田さんはさんが大好きなんですね!!」
「えっ・・・えっ」


壇くんがズバッと真実を告げるとちゃんはカーッと顔を赤く染め上げた。うーん、本当に可愛い。今まであんなに強気に出ていたちゃんがこうも乙女チックに照れてるとは。真田、お前が羨ましすぎるぞ。



「オイ、あんまりつまんねー話しかしねーんだったら俺は帰るぞ」


モンブランに集中してた亜久津も遂に口を開いて、タバコの箱を取り出した。するとちゃんはそれにキッと鋭い視線を向けばっと亜久津からタバコの箱を取り上げた。うおー、やるねー。



「ここは喫煙席じゃないの。それにあんたまだ中学生でしょ?!タバコなんて吸うな!」
「ああ?お前には関係ないだろ。俺は女にも容赦しねえぞ。分かったらとっととそれを返せ」
「イ・ヤ!」


ドスのきいた声にもちゃんは物怖じもせず、睨んでいる。なんだかこういうところ、真田に似てる気がするなあ。それにしてもそろそろ亜久津の怒りも振り切れそうだ。相手は女の子だとしてもこれはヤバい。亜久津がちゃんに掴みかかろうとすると、穏やかな声がかかった。


「あんまり俺達のマネージャーをいじめないでくれないか、亜久津」
「幸村!」


そこには幸村が静かに笑みを浮かべながら亜久津の腕を掴んでいた。これにもちゃんは目を見開いて驚きを隠せなかった。それにしても幸村の笑顔、一見穏やかだけど目が笑っていない。


「やあ千石に南。それに・・・君は壇だったっけな」
「せっちゃん!どうしてここにいるの?」
「亜久津がここに入っていくのが見えてね。それでふと店の窓を見たらの顔が見えたんだ」
「せっちゃんってほんとあたしを見つけるのうまいよね〜昔っから」
「当たり前だろ?のいるところは分かるよ」


それでいてちゃんへ向ける笑顔はとても優しい。ああ、この子は立海で大切にされてるんだなあ。ちゃんからの真田の話と、幸村のこの態度。亜久津は幸村の手を振り払って幸村にガン飛ばす。けれどもそれにビクともしない立海の神の子。ハハ、さすがだな。


が世話になったね。ほら、帰るよ」
「オイ、テメェ・・・」
「はーい、みんなまたね」


ちゃんは幸村に素直に従う。幸村は亜久津を完全に無視して強引にちゃんの手を引くとそのまま店を出て行ってしまった。この親密っぷりでカレカノじゃないなんてすごいなあ。そういえば二人は幼馴染なんだっけ。その後の亜久津の腕を何気なく見ると腕に痣が残っていた。・・・幸村だけは怒らせないようにしよう。俺はそう胸に誓うと亜久津が椅子を蹴飛ばして会計も済まさずに出て行ってしまった。それを追って壇くんも急いで店を出て行ってしまったので、俺達はもう二人分も余計に飲食代を払わなくいけなくなってしまった。おいおい、勘弁してくれよ・・・と思っているとテーブルの端に何やらメモが書かれたナプキンがコーヒーカップの下に敷いてあった。もしかして!と俺は思うと、そこには細くて綺麗な字でちゃんのメアドが書いてあった!うーん、やっぱり俺ってツイてるねー。


そこで早速その日の晩、ちゃんのメアドにメールを送ってみた。うん、この瞬間何ともドキドキしてていい。早い返信にちゃんはマメなのかな?と思いつつウキウキしながらケータイを開くとそこには


に手を出すのは100年早いからね?」


と顔文字も絵文字もなしのメール。・・・・・・幸村にしてやられた。俺はガクッとうなだれて一応幸村に返信しとくと、改めて立海の神の子は怖いという再認識をせざるを得なかった。ラッキー千石も、神の子の裁きには敵わないのかもしれない。トホホ。









(山吹全員初執筆。そして一番長いというね。)








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