青春学園の刺客 : 乾貞治


「ちょっとそこの君、いいかな」
「はい、何ですか?あっ・・・」


彼女は振り返って俺を見るとハッとすぐに誰か気づいたようだ。ふむ、敵校の選手をしっかり覚えているようだな。


、立海大附属中学校テニス部唯一のマネージャー。そして部長の幸村の幼馴染だね」
「あんたは青学のデータマン、乾貞治!」
「ああ、俺の事を知っているとは光栄だ」


あまり近くで彼女を見たことはなかったが、これはまた気が強そうな勝気な美人といったところだ。俺を見て驚きはするものの、全く物怖じしないところに好感がもてる。


「だって蓮二の幼馴染なんでしょ?」
「そうだな。蓮二からたまに君の話を聞くよ」
「あたしの?」


はキョトンとした顔をしている。蓮二が彼女の話をするのはどうやら意外だったらしい。ふむ、これはいいデータが取れそうだ。



「うん、君はマネージャーをとてもよくやっていると褒めていたよ」
「そ、そんな・・・。って何で乾が立海に?偵察するにしても、もう全国大会は終わったよね?」
「実はとても興味深いデータが取れそうだと思ったから今日蓮二に会うついでに立海に立ち寄ったんだ」



ふーん、とは素直に納得してくれたようだった。U-17合宿が始まる前に俺はその興味深いデータを収集しにきた。そう、蓮二に会いに来る為に立海に来たというのは口実である。


「蓮二なら今生徒会の仕事でいないけど・・・後で伝えておこっか?」
「いや、蓮二には連絡がついていて放課後に会う予定だから大丈夫だ。ありがとう」
「そっかー、んーじゃあここで会ったのも何かの縁だからコートに案内でもしようか?」


は俺が敵校の選手だというのにも関わらず、親切にもそう申し出てくれた。しかし俺は立海に乗り込んだとはいえ、コートに用はなかった。


「いや、コートには行かなくて大丈夫だよ。以前偵察で来た時に行ったことがあるからね。君こそここにいても大丈夫なのかい?」
「うん、今日は部活に顔出さないで帰ろうと思ってたし。せっちゃんは定期検査でいないし」
「そうか・・・じゃあもし良かったら校内を案内してもらってもいいかな?」
「あ、うん丁度図書館に寄ろうと思ってたからいいけど・・・じゃあ行こっか」


はどうやら人当たりがよく俺の頼みをすんなりと了承してくれた。そう、俺の目的は彼女だ。蓮二が彼女を話題に出す時は決まって機嫌が良い時だった。俺はその行動に、蓮二は彼女に好意を寄せているのだと推測する。それに驚くべきところは彼女があの立海大附属中学校テニス部副部長、皇帝の肩書きを持つ真田弦一郎の恋人だということだ。そして今日は彼女を保護者のように見守っているという幸村もいない。これは面白いデータが取れるに違いない。



は丁寧に校舎を案内してくれた。彼女は社交的でお喋りが好きなようだった。とてもハキハキとしているし、賑やかな印象だ。俺も比較的よく喋る方なので彼女とは会話が弾む。そして普段蓮二と話しているだけあってか、俺のデータの話をしても気持ち悪がったりはせずに当たり前かのように受け入れている。


「そのあくと兄さんっていう人がデータテニスを教えてくれたんだー、そうなんだー」
「そうだ、そして蓮二からまたデータテニスを学んだ。そういえば昔蓮二と大学の研究室に忍び込んでは中の書物を読みふけっていたな」
「大学の?そんな頃から頭良かったんだねえ、二人とも。仲良いね」



そうは感心して頷く。そういえば蓮二は彼女に想いを寄せているという事だが、それを真田弦一郎は知っているのだろうか。この調子だとは蓮二の好意など知っているようには見えない。蓮二の事だ、自分が身を引いて彼女が幸せになる道を見守りたいというところなのだろうか。彼女の性格すると蓮二に気を遣ってしまいそうだしな。そうこう考えている内に図書室へと辿り着いた。青学との図書室と違って古い蔵書も揃っているような、広い図書室だった。



「ほう・・・青学よりたくさん本があるな。借りる事はできないだろうから、何冊かここで読んでいっても大丈夫かな?」
「うん、大丈夫だと思うよ。あたしここの司書の先生と仲良いから、他校の人が来てるって伝えとくね。あたしも何冊か借りて行くし」


そう言っては司書室へ向かうと、俺は何冊か興味深そうな表題の本を手に取り、椅子へと腰掛けた。ノートを開き、今しがた得た情報を書き入れる。そうだな、蓮二のことでも記録を更新しなければだな。それよりひとまず彼女の事で知り得た事を書いておこう。幼馴染の好きな人を把握するというのも、また重要なデータだからな。


「・・・、立海大附属中学校3年A組テニス部マネージャー・・・身長、体重、Eカップって何これー!!こんなことまで書いてあんの?!」
「あ」


どうやら俺はノートにデータを書き入れるのに没頭してしまっていたらしい。いつの間にかが数冊本を抱えて俺のノートを覗き込んでいた。本を数冊抱えて顔を真っ赤にしている。


「これは・・・蓮二から聞いた情報をそのまま書き写したまでだ。勘違いしないでくれ」
「ってことは蓮二はあたしの体重とカップ数まで知ってんの?!」
「そ、そういうことになるな・・・」
「セクハラ!変態!変態プロフェッサーとドクター!!」


は流暢な発音でそう言いながらぷりぷりと怒っていた。流石帰国子女、越前のような発音の良さだ。このデータを消せ!と鋭く睨まれたのでひとまずその部分だけは消しておいた。が怒るとその眼力があって余計に怖いな。俺がノートから体重とカップ数の表記を消すとは満足したのかすぐに先程の温厚な態度に戻った。といってもまた後で書き込むんだけどな。が借りた本はイギリスのファンタジー小説だった。どうやらファンタジー等の本が好きらしい。俺は本を所定のところに戻すと、校舎を出ては門のところまで送ってくれた。


「ねえねえ、乾ちょっと質問いい?」
「ああ。案内してくれたお礼だ」
「あのさ、そのツンツン髪、天然なの?それともワックスで固めてるの?」
「・・・・・・面白い事を聞くんだな。産まれた時から剛毛でね。髪を短く切るとピンと立ってしまうのもあるんだが、整髪料も一応使っているよ」
「ふーん・・・あのさ」
「?」
「ちょ、ちょーっと、触ってもいいかなあって」


は好奇心に目を輝かせている。俺は何だそんな事か、と思い断る理由もなく承諾した。彼女は背が低いので俺は屈まなければならなかった。俺の髪の毛をそうっと触る彼女はなんだかやけに楽しそうだった。意識してはいないとはいえ、急接近したからは少し甘い匂いがして、他校のマネージャーに髪を触られているという奇妙な現象に俺は何故かドキマギしてしまった。でも美人に触れて悪い気はしない。


「ありがとう!ほんとにツンツンしてるんだねー・・・かけないだろうけどパーマとかかからなさそう」
「かけようとは思ってもみなかったが・・・イメチェンにかけてみようかな」


俺の冗談にはクスクスと微笑んだ。俺は先程のの行為のせいか、彼女の笑顔にドキドキしてしまっている。なんだ、この気持ちは。いや、少し彼女のことを意識しすぎているだけだ。幼馴染の、想い人という彼女のことを。


「それじゃあ乾気をつけてね。またU-17の合宿で会おう」
「ああ。今日はありがとう、。おかげでいいデータが取れたよ」
「え?そうなの?」
「ああ、そうだ。良かったら君の連絡先を教えてくれないか?君とは話が合いそうだ」
「うん、いいよ。じゃあ赤外線であたしが送信するね」


連絡を交換し終えると、は幸村とこれからお茶するんだと言ってから駅へと向かっていった。俺は先程感じた気持ちをなぞるように彼女が去っていくのを見つめると、俺がまだ見ていることに気づいてか、急に振り返った。すると彼女はにっこりと微笑んで、小さくばいばいと手を俺に向けて振った。俺は彼女のその行動にまた脈がドクドクと激しく波打つのを感じた。そよ風が吹いて、彼女の柔らかな髪が揺れる。夕日が彼女の笑顔を切なげに照らし出している。まるでそのワンシーンは切り取られたかのように、俺の瞼に焼き付いて、時が止まってしまったかのようだった。


「貞治、来ていたのか。上からお前とが一緒にいるところが見えた」
「蓮二、全国大会ぶりだな。今日はに校内を案内してもらったよ」
「そうか・・・」
「彼女は面白いな。お前が好意を持つのも頷ける」
「ほう・・・お前が女性に対してそういう風に言うのは珍しいな」
「そうか?」
「お前がに惹かれている確率、87%」
「・・・・・・それは大した数値だな。不思議だな、俺はもっと年上の落ち着いた女性が好きなんだが」
「恋とは得てしてそういうものだ。かくいう俺も、もっと計算高い女性が好きな筈だがな」


理屈じゃない。俺がそう呟くと、蓮二はくくっと笑みをこぼした。そして俺達は恋という理論では解明できない事象を一晩中語り明かすこととなった。








(最後の乾の理屈じゃないを言わせたくて書いただけという。そして弦一郎全然関係ない。)








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