氷帝学園の刺客 : 跡部景吾


俺はその顔に見覚えがあった。長くウェーブがかかった黒髪に、その大きく意志の強そうな瞳。凛とした眉毛に上気した頬。彼女の姿は俺の中で無意識に強く刷り込まれているようだった。、立海のテニス部マネージャー。そしてあの真田の彼女。


俺は忍足、宍戸、鳳、樺地とジローに連れられて街角で評判の小洒落たカフェに訪れていた。どうやら、忍足と鳳のお気に入りの場所でもあるらしい。それをジローがケーキが美味いと聞きつけたらしく俺を誘って皆で行こうという事になった。日吉は委員の仕事があるとかで辞退、向日は彼女と遊ぶとかで来なかったが、宍戸は鳳に無理やり引っ張ってこられたようだ。忍足と鳳、樺地の気に入ったカフェということだけあってか、確かに置かれているアンティークの家具にもこだわってある。暖色の照明も一目見ただけでイタリアの高級なシャンデリアだと分かる。フン、庶民の通うカフェにしてはなかなかだな。


甘ったるそうなケーキが並んだショーケース前でジローと鳳が嬉しそうに何食べようか品定めしている時に暇を持て余していると、入り口付近に座る女二人が目についた。それは全国大会ぶりに見る、立海のの姿だった。いつもと違い、あの芥子色のジャージではなく立海の制服を着ている彼女は新鮮に見えた。


「こんなところでと会うなんて奇遇じゃねーの」
「あ、アンタは・・・氷帝の跡部!」
「真田は元気にしてるか、アーン?」


するとキッとは俺に鋭い眼差しで睨みつける。の連れの女は俺を見てあからさまに驚いて口をパクパクさせている。そうだな、俺をよく知らねえヤツや氷帝の女どもはよくそういうリアクションを取ることが多い。だがこいつは違う。明らかに敵意を持って俺を見ている。


「おかげさまで!元気にしてます」
「フン、何をそんな警戒してんだ?」
「べっつに。そっちこそ貴重な放課後をこんなところでお過ごし?」
「まぁそんなところだ。お前たちこそ、都内からここは遠いだろう」
「今日はこの子の誕生日なんです!それでケーキを食べに行こうって・・・」


の友人らしき女は緊張したように声が裏返りながら説明した。ほう、コイツ誕生日なのか。


「ならお前ら俺が奢ってやるから好きなモン食えよ。オイ、樺地あいつらをこっちに呼べ」
「・・・ウス」
「え、えーっ?!」


嬉しそうに連れの女が声を上げるのに反しては心底嫌そうな顔をして俺を見上げた。何がそんなに嫌なのか。この跡部様が厚意で祝ってやるっつってるのに。



「じゃ、じゃあお言葉に甘えて・・・」


けれども意外な事には俺の申し出に了承した。フン、まあいい。真田の女から奴の話を聞くのも面白いだろうからな。



「えー、マジマジ、立海のマネージャーちゃんじゃん!」
「お、ほんまやん・・・初めましてーじゃあらへんな・・・そっちのお嬢さんは初めまして」
「本当だ、立海の!今日お誕生日みたいですね、おめでとうございます!」
「へー、誕生日なのかー」


ゾロゾロと現れた部員達には愛想よくありがとう、と笑顔を振りまいている。オイ、俺との扱いが全然違うじゃねーか。俺は初めてこんな気分を女に味わされていると思うと何だかこのがただ者ではないように思えた。流石、真田の女ということか。


ちゃんって言うんだー!ここのケーキ本当に美味しいCー」
「おツレさんは村田さんいうんか、よろしゅう」
「あなたが真田さんの彼女さんなんですねー、真田さんに彼女がいるなんて意外ですね!」


鳳がそう言ってのけると宍戸が「お、おいそれは真田の彼女の前で失礼だろ」とツッコミを入れている。するとが顔を真っ赤にして宍戸のツッコミを気にせず答えた。


「なんで氷帝まで知れ渡ってるの、それ」
「何でって、あの立海の真田に彼女ができたなんて皆知っとる事実やで」
「中学のテニス界ではあいつの名前を知らねえヤツなんていねえしな」


村田が「あんたの彼氏ってそんなにすごいんだー」と感心している矢先、なぜかはあまり腑に落ちないような顔をしている。大体今日誕生日だというのに、その彼氏の真田は何してるんだ?こんなトコロまで友達と二人で自分の女が来ているというのに。それにアイツの事だ、サプライズパーティを企てているという事もありえまい。



さんも前から結構有名やけどな、立海に美人マネージャーさんがおるって」



忍足が明らかに色目を使ってやがる。すると鳳がそれを制した。



「ダメですよ、忍足さん。さんは真田さんの彼女さんなんですから」
「知っとるわ。別に少し褒めただけやろ、鳳」
「確かにアンタはあの立海のビッグスリーとも対等に渡り合えるマネージャーだって有名だな」
「そんな、あたしはただ普通にマネージャーをやってるだけで・・・」
「前の月刊プロテニスで立海の記事にちゃんが紹介されてるの俺見たC〜、紹介文に幸村を叱れるぐらいしっかりしたマネージャーって書いてあったぜ」
「せっちゃんはあたしの幼馴染だから・・・」


は満更でもなさそうに頬を緩めながら謙遜する。俺は何だかそれを見て先程のの俺に対する態度のせいか、意地悪な衝動が突き上がってきた。


「んで、その彼氏はお前の誕生日だっつーのに何してんだ?」
「アンタに関係ないでしょ」
「ハン、誕生日なのに自分の女放っておくなんてな。お前アイツのどこがいいんだよ?」
「うっさいわね、弦一郎はあたしの事放ってなんておかないし、お山の大将のアンタよりよっぽどいいわよ!!」


俺はそのの態度に思わず声を上げて笑ってしまった。友達の方はの態度におろおろとしているが、は全くといって言いほど堂々とお茶を啜っている。・・・いい女を捕まえたもんだな、真田。コイツのこの迷いのない真っ直ぐな瞳、真田をしっかりと信頼してる証だな。気に入ったぜ。


「ハーハッハ!!勝気な女は嫌いじゃねーぜ?」
「・・・何笑ってんのこの人」
「跡部がこない風にわろてる時は自分を気に入ったっちゅう証拠や」
「えー?あたしアンタに気に入られても何も嬉しくないんですけど!」
「フン、俺に対してそんな失礼な態度取る女はお前くらいだ」
「アンタのこと女の子が全員が全員好きになると思ったら大間違いだかんね、跡部景吾」


はそう言い切るとロイヤルミルクティーバナナパイを食べきると友達を促してサッと立ち上がった。



「もうちゃん行っちゃうの〜?」
「この後予定があるの。氷帝の皆と話せて楽しかったよ、ありがとね」
「また今度ゆっくりお話しよな、さん」
「立海の皆さんによろしくお伝え下さいね」
「・・・ウス」
「今度試合する時は絶対負けねーからな」


部員たちが口々に揃って言うと、は嬉しそうに微笑んで「またね」と言って席を立った。連れの女も照れながらの後を着いていく。そのまま店を出て行くと思ったら向かう先はレジがある机に。


「俺が奢ってやるって言っただろうが」
「いいの、これくらい自分で払うんだから。それにアンタに奢られたくない!」
、今日はあたしの奢りだって言ったじゃん・・・誕生日なんだから」
「いいのいいの・・・あ」


はそう言って財布を広げると何故かそのまま表情を崩し、固まってしまった。


「ひゃ、百円足りない・・・」
「クックックッ・・・アッハッハッハ」
「な、何がおかしいのよ!ごめんもも、百円だけ貸して!」
「い、いいけど・・・」
「コレで」


俺はサッとクレジットカードを出すとは「いいのにー!」と声をあげながら俺に不機嫌そうな顔を向けた。それと会計と同時にレジの隅に置いてある焼き菓子を全部買って、俺はそれを店員に詰めてもらってとその友人に持たせた。威勢のいいライバルの彼女に免じて、これぐらいは祝わせてもらおう。



「いいって言ってるのに・・・」
「誕生日なんだからこれぐらいさせろ。ここは焼き菓子も美味いらしいからな」
「そんな義理もないだろうに・・・」
「何か不満か?」
「別に。でも・・・・・・ありがとう」


はそう言って初めてその笑顔を俺に向けた。コイツも可愛いトコ、あるんじゃねーの。俺はふと笑みを口にたたえる。真田がコイツに惚れた理由が分かる。


「真田にも分けてやれよ。どうせこの後会うんだろ」
「なっ、それは・・・!」


は顔を真っ赤にさせてうろたえている。図星か。さすが俺の眼力、冴えてるだけあるな。そしてこのくるくる表情を変えるこの女が、とても魅力的で立海のテニス部に慕われているのに納得した。


「弦一郎によろしく言っとくね」
「ああ」
「じゃあまたね」


そう言ってスカートを翻して友達の下へと戻っていくはキラキラと光って見えた。俺はそれを微笑ましく見届けると、忍足が不可解な顔をして俺を覗いている。フン、この俺様が女ごときでこんな気持ちにさせられるとはな。、不思議な女だ。俺はその晩あのいつも厳しい顔をしたライバルにメールを送った。



「うかうかしてるとお前の女、奪っちまうからな?」


そのライバルが、俺の冗談を本気にして顔を顰める事を予想して。








(季節は不明。氷帝のわちゃわちゃした感じが書きたくて書きました。この後弦一郎は怒って跡部に電話する・・・気がする)









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