いつもと同じ時間に起きて、いつもと同じ時間に家を出た。「あ、あのサラリーマンまた隅っこに座ってるな〜どっから乗ってくるんだろ?」などと観察しながら電車を乗り継ぎ、学校に到着する。いつものように朝練を終えたテニス部と下駄箱で遭遇したので、挨拶を交わした。 「おはよう、」 「あー幸村・・・おはよ」 「今日も眠そうだね。寝癖ついてるよ」 幸村は上履きに履き替えながら、わたしの寝癖を撫で付けて整えてくれた。その横を通り過ぎてそれぞれの教室に向かうテニス部員達。最後に柳が幸村に声をかけて、彼らはいつも通り廊下を歩いて行った。しかしそこに1人取り残されたわたしは、彼らの後姿を眺めながら、何か物足りないような違和感を感じていた。 何だろう・・・何か忘れているような。でも思い出せないって事は、どっちでもいー事なのかなぁ・・・。 頭を捻っても何も浮かばなかったので、諦めて教室に行く。そして席についた瞬間、大事なことを思い出した。 そういえば、真田がいなかった。 いつもは下駄箱で朝練を終えた真田(その他テニス部員)と出会い、真田(その他)と挨拶を交わし、真田()との仲を深めるのが日課なのに、今日はその他の部分しかいなかった。そっか、だからこんなに物足りない気分なんだ・・・。真田どうしたのかな。部室に忘れ物でもして取りに戻ってたのかな?っていうかわたし、席につくまで真田をすっかり忘れてたなんてひどくない?・・・いや、ひどくないよね?そういう時もあるよね。うん、あるある。だからこの事は真田には言わないでおこう。 延々と真田の事を考えていたら、真田に会いたくなってきた。HRが終わったら真田の教室に行ってみよう! 「真田君?今いないよー」 「真田ならさっき出て行ったぞ」 「おーい真田ー・・・って、あれ?ごめん、いないみたい」 「ああ、真田なら授業終了と同時にどっか走ってったよ」 会 え な い ! 休み時間の度に足を運んでいるというのに、何故か真田がいつも不在だ。もうここまでくると真田という存在すら怪しくなってくる。真田弦一郎って本当に実在する人物なの?幻だったんじゃないの? 何やらもうわけが分からなくなって来たので、取り敢えず一度退却し、昼休みにリベンジする事にした。どんなに忙しくても食事は摂るだろうから、昼休みだったら確実だろう。そうして真田に会えないまま一日の半分を過ごし、昼休みになって、お弁当を食べるか真田のところに行くか迷い、結局お弁当を取り、食べ終わってから真田の教室に行った。 「あ、真田君?またいないよー」 「そうですか・・・」 今度こそ!と思ったのに、やっぱり会えなくて肩を落とした。いったい今日の真田はどうしちゃったんだろう。日直か何かで忙しいのかな。 「あの、真田君どこに行ったか分かりますか?」 「幸村君のとこじゃないかな?今日はずっとテニス部の人達に会いに行ってるみたいだよ」 「えっ、そうなんだ」 なんだ、部活の用事で忙しかったんだ。原因がわかってすっきりした。教えてくれた子にお礼をして、わたしは幸村の教室に向かった。邪魔をするつもりはないけど、一目でいいから真田を見たい。話なんかできなくてもいいから。もう真田欠乏症寸前! しかし幸村のところに、真田の姿はなかった。 「あ、あれ?真田は!?」 「大丈夫、?真田はここのクラスじゃないよ」 「知ってるよ!」 幸村にものすごく心配そうな・・・というか、哀れみを湛えた目で見られた。こいつどんだけわたしの事馬鹿にしてんだろう。 「真田が幸村のとこに来てるって聞いたんだけど・・・」 「ああ。来てたけど、もういないよ」 「どこに行ったか分かる!?」 「仁王のところじゃないかな」 「仁王ね!!」 真田行き先情報を手に入れたわたしは、ダッシュで仁王のところに向かった。 「真田?来てたけど、柳の教室に行ったぜよ」 「真田とはついさっき別れたぞ。ジャッカルに会いに行ったのだろうな」 「あー、真田なら柳生に用があるらしいけど」 「ええ、確かにお会いしましたが、切原君に話があると言って走って行かれました」 「副部長?丸井先輩んとこじゃないっすかねー」 「おう。真田なら幸村の教室に行ったぜ」 振り出しに戻った!!学校中走り回って虫の息なわたしを、丸井は珍しく心配してくれた。真田を追いかけているうちに昼休みも終わって、予鈴が鳴ってしまったので、心配そうな丸井に見送られながらフラフラな足取りで教室に向かう。ていうか何なのこれ?真田は伝言ゲームでもしてるの?それともハードトレーニングなの?そんな事を考えながらとぼとぼ歩いていたら、前方に真田らしき背中を見つけた。 え、あれ真田!?でも幸村のとこに行ったって聞いたし・・・いや、でもあの逞しい背中は絶対に真田だ!わたしが見間違える筈がない!真田に違いない!真田しか居ない!あれは真田だ! 行方不明になった恋人と数年振りに再会できたような感動を覚え、喜びのあまり真田に抱きつきに行った。 「真田ー!!」 わたしの呼びかけに真田が振り向く。ああ、やっと会えたね!びっくりしてる顔もかっこいい!広い胸でわたしを受け止めて〜! 感動の再開を演出しようと思ったら、真田に肩を掴まれ、抱きつきを阻止されてしまった。不思議に思って顔を上げると、何故か青ざめた真田が、ろくに目も合わせてくれずに「すまん・・・」と言って逃げて行った。 え!?なに、どういう事なの!? 走り去っていく真田を慌てて追いかけようとしたら、そこに調度本鈴が鳴って、教室へ戻ることを余儀なくされた。あーもう! 真田の謎の行動に頭を悩ませながら午後の授業を聞き流し、放課後。 「失礼しまーす」 「あれ」 「おや」 わたしはテニス部部室へとやって来た。そこには既に幸村と柳生が来ていて、何やら打ち合わせを行っていた。 「珍しいね、が部室に来るなんて」 「うん、ちょっと真田に用があって。待たせてもらってもいいかな?」 断られたら外で待ってようかと思ってたけど、幸村は笑って承諾してくれた。たまに意地悪だけど、基本いい人なんだな〜。幸村と柳生は机を挟んで、向かい合って座っている。どちら側に座ろうか一瞬悩んだけど、幸村が「こっちおいで」と言ってくれたので、幸村の隣の椅子に座らせてもらうことにした。 「そこ、いつも真田が座ってるんだよ」 「え、そ、そうなんだ」 別に誰が座っていようと大した問題じゃないのに、改めてそんな事教えられるとちょっとドキドキしてしまう。何となく居心地が悪くなった。もじもじしていると、柳生が微笑みながら話しかけて来た。・・・何か、柳生と幸村が同じ空間に居ると和やかだな。 「ところで、用と言うのは何ですか?」 「別に大した用事じゃないんだけど、真田に聞きたいことがあって」 「へえ、大した事ない用事ねぇ」 「面倒臭がりのあなたがわざわざ出向いて来るなんて、彼は愛されていますね」 え、何この空気?幸村と柳生は笑っているのに、何か怖い。全然和やかムードじゃなかった。 「いや愛とかじゃなくて、タイミングが悪くて会えなかったから・・・」 「じゃあ愛してはいないんだ?」 「愛していない事はないけど・・・」 「では愛しているんですね」 「え・・・ええっと・・・あ!そういえばさー昨日のドラマ・・・」 「ああ、まさか無視されるとは思いませんでした。傷つきましたねぇ」 「ひどいよ、」 「いや、あの・・・」 「寂しいですね、私の事は愛してくださらないのですか」 「俺だって愛してるだろ?」 柳生は眼鏡を押し上げながら嫌な感じに微笑み、幸村も妙に楽しそうにニコニコしている。何この人達からかってんの?わたしは正直イラッとしながら、しかし2人の出す威圧的なオーラが怖くて逆らえないので、大人しく「はい」と頷いておいた。そしてその一部始終を、よりによって1番見られたくない人に見られていた。 「お前らそういう関係だったんか・・・」 突然他の声が入ってきて、びくっとして振り向くと、部室の入り口に仁王と真田が立っていた。げっ!さ、真田!いつからそこに!慌てて状況を説明しようとするも、それより先に仁王が本気で言っているようなそうでないような、よく分からない感じでよく分からないことを言った。 「・・・俺の事は遊びだったっちゅーわけか。酷いぜよ」 「いけませんね、さん。仁王君まで誑かすなんて」 柳生が薄く笑うのを見て、もはや色々と限界、いい加減ぶち切れそうになったけど、わたしがリミットブレイクする前に柳が「ほう、仁王で遊ぶとはなかなかやるな。その話詳しく聞かせてくれ」などと言いながら入ってきて、それに続くように他のテニス部員もぞろぞろ入って来たので、怒り爆発のタイミングを完全に失った。 この状況、どう考えても破局フラグ立ったよね?わたしは恐る恐る真田を見上げたけど、意外なことに真田は動じている様子もなく、落ち着いた表情をしていた。それどころかわたしの不安を読み取ったのか、気にするな、と頷く。 「確たる証拠もなくお前を疑ったりはしない。それに今の流れを見る限りでは、馴れ合いの範疇だろう」 真田の寛大なお言葉に、隣の幸村が小さく舌打ちしたのを聞かなかった事にしつつ、お前本当に中学生なのかという疑問も抑え込みつつ、胸に溢れる感動に打ち震える。嬉しい・・・わたしのこと信用してくれてるんだね・・・。 「真田・・・ありがとう。ところでお昼休みの事なんだけど」 わたしが用件を切り出した瞬間、彼は先程までの男らしさを失ってさっと目を逸らした。いや、その、などと口ごもっている。昼といい今といい、何なのその反応?テニス部員達の好奇の眼差しはこの際無視だ。 「何か隠してるの?怒らないから言ってみて」 「む・・・」 「怒らないから」 「実は・・・どこにやったか分からんのだ」 「なに?失くし物?」 「いや、失くしたわけではない!忽然と消えたというか・・・確かに鞄に入れて来た筈なんだが、朝練が終わった後見てみたら見当たらなくなっていた」 「それって・・・」 テニス部員達に視線を移すと、彼らはさっと目を逸らした。 「・・・(こいつらが犯人じゃん)」 「それでずっと捜していたんだが、まだ見つからんのだ。すまない」 「え、何でわたしに謝るの?」 「だから・・・その、にだな・・・」 真田は今までで一番言い難そうに、しどろもどろになっている。心当たりが無いので首を傾げていると、幸村が割り込んできた。 「いいじゃないか別に。あんな平凡なの、も貰って嬉しくないと思うな」 「何だと?何故幸村が中身を知っている?」 「真田ならもっと面白い事してくれると思ってたのに、がっかりだよ」 「面白さは必要なかろう」 「いいや、それは大きな間違いだね。女の子は常に刺激を求めているものだよ。平凡な事をしていたらすぐに飽きられる」 「・・・・・・」 「に飽きられていいの?俺がとっちゃうよ」 「・・・・・・」 「あはは、見てごらん。難しい顔してる」 「・・・・・・」 幸村がこれ見よがしにわたしの肩に手をまわしてきた。いや、難しい顔って言うか・・・怒っているようにしか見えないんだけど・・・。 話の内容があまりよく分からないけど、雰囲気からして幸村がワガママを言っているんだろうな、多分。そして恐らくこの後、笑顔でハチャメチャな事を言い出すんだろう。そう思って見守っていると、やはりと言うか何と言うか、幸村は笑顔で理解に苦しむ発言をした。 「というわけで、真田を好きにしていいよ」 「はぁ!?」 「何故そうなる」 「だからさぁ、俺達から真田をプレゼント。真田は自分をプレゼント。これでいいだろ?」 「いいわけがあるか!」 「皆、真田もそれでいいって。じゃあ、誕生日おめでとう」 「え・・・」 「おめでとう」と、テニス部の人たちが復唱する。 「・・・誕生日?」 「そうだよ。今日だろ」 「・・・誕生日?」 呆然としたまま真田を見ると、ちょっと気まずそうにしながらも、おめでとうと祝福の言葉をもらった。うそ、誕生日とか・・・ 「忘れてた!!」 わたしの声に柳が「だろうな」と言った。みんな知ってたんなら教えてくれてもいいのに!今日の朝なんか忘れてるな〜と思ってたの、真田じゃなくて誕生日だったのか!いや、真田も忘れてたけど。 「じゃ、そろそろ部活始めるから、2人は帰れば?」 「お疲れーっす」 「え、ちょ、ちょっと・・・」 わたしと真田を残して、テニス部員達はぞろぞろと部室を出て行った。え、結局わたしプレゼントとか何も貰えてなくない?うまくかわされた感じじゃない?ていうか、真田が用意してくれたプレゼント返せよ! 「・・・帰るか」 「え、帰るの?部活出なくていいの?」 「折角の機会だからな。たまには一緒に帰りたい」 嬉しいような恥ずかしいような真田の申し出に、わたしはぎくしゃくしながら彼の傍に寄った。うわ、なにこれ緊張する。一緒に歩くくらい、別にどうって事ない筈なのに・・・。ドキドキしながら部室を出ようと扉に手を伸ばすと、真田の大きな手がそれを止めた。 「な、なに!?」 「すまん。ただ、もう一度ちゃんと言っておきたい。誕生日おめでとう、。プレゼントは俺で我慢してくれ」 「あ、うん。ありがとう・・・」 結局プレゼントは真田という事で合意したんだ・・・。ていうか、そんな事真面目に言われても対処に困る。どうすればいいんだろう・・・取り敢えず、ほっぺにちゅーでもしておけばいいのかな。真田に掴まれた手を逆に引っ張り、ちょっと体勢を崩させてから、わたしは真田の頬に一瞬のキスをした。 「有難く頂戴します」 そう言って見上げると、真田は驚いた顔をしていた。あ、断りを入れておいた方が良かったのかな。そんな事を考えていると、驚きから立ち直った真田の雰囲気ががらっと変わった。目がギラギラしている。 「・・・いいんだな?」 え、いいって何が・・・。え?なに?ちょっと待って・・・ええええええええええ
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