愛の痕跡
あたしには使命がある。そうだ、立海大附属中学校男子テニス部を盛り上げるという使命が。というわけで絶賛広報活動に勤しむ、あたし。新聞部に任せりゃいーじゃんという声もありつつもSNSの公式立海大付属中男テニの運営はあたしがしているのだった。
毎週金曜に選手や部員の練習やオフショットの何枚かの写真をピックアップ!毎回ポチポチとマメに更新している。炎上するのは大変に困るのでいつも蓮二にダブルチェックをしてもらい、午後練が終わる頃にアップロード。いや、これがなかなかフォロワー数が多いんですのよ、オホホ。と高笑いしたくなってしまうあたしだけれど、たまに選手からの苦情が来る。苦情というよりかはイチャモンか。それも主にブン太と赤也から。
「おい、~、写真もうちょっと盛れてるの上げてくれよな。てか現役女子中学生が上げてるんだか保護者がアップしてんだか分かんねーお硬い文章やめろよ」
「あんたからいつもそう言われるからこれでも写真の選別頑張ってんのよ、それに文章は公式の広報なのであの形式での掲載じゃないといけません」
毎週金曜の午後にほぼ必ず行われるこの会話。写りを気にして練習中にガムを膨らませてピースサインやハートマークやら指で作りまくっている、この男。あたしは真面目にみんなが自然体で練習してるのを撮りたいんだよ!っというのに、ブン太はそれを無視してカメラに写り込んでくる。一生懸命やってるアピールをしたいんだからカメラに注意が行ってるのは避けたいのに!!
「そういうのは休憩集のオフショットでやってってば言ってるでしょ」
「そうなんだけどよ~、なんつーか遠目に見ても俺がイケてる感じ出してほしーんだよなぁ」
「何だその難しい注文は……」
「センパイ、センパイ~!俺もスマッシュ決めたところ撮ってほしーッス!」
なんでこの二人はこういう時だけ意見がはちゃめちゃに合うのかな、とあたしは頭を抱えた。保護者も見てる年齢層高めの方のSNSにそんなのばっか載せられないでしょうが~ッ!と言いたいところだけど、多分すべての媒体をチェックしていない二人にはそんなことも言えない。多分、若者がやってる方だけのを見て言っている。そっちの方は絵文字を使うように気をつけていたりはするんだけれども。あたしは監督に任せられて活動内容をお年寄りから子どもまでの層の皆々様に知ってもらえるようなSNSにしようとしてるっていうのに……!
「あ、仁王お前も見てる?ウチの部のSNS」
「なんぜよ。あぁ、ウチのSNSか。気が向いた時に見とうよ」
「あー、じゃあお前も気づいてると思うけどよ。クックック。前回の投稿の真田がすげー顔してるヤツ、『怖い』っていうコメントばっかり来てるの知ってっか?」
「あ~、あれか。見た見た。も意地が悪いぜよ、真田のあんな般若の面みたいな顔を載せるなんての……」
「べ、別に意地悪じゃないもん!」
ボロクソに言われるこの写真、特別にと思って選んだわけじゃないけど我ながらよく撮れてると思って我が副部長のグランドスマッシュを激写したのを掲載したのだった。アップの写真と少し引きになってる写真があったのでどちらがいいかな、と迷ってそこまで顔が際立ってない引きの方を掲載したのに……なんだこの言われようは。確かに怖いとのコメントがいくつか来ているのは否めないけども。でもでも、かっこいいですね!と言われてもちょっと嫉妬の気持ちが湧いちゃうからそれはそれでいいのだけど、あたしの感性からしたら全然怖くないし怖いなんて言われることなんて全然想定していなかったし、むしろときめいちゃうくらいには弦一郎の魅力を濃縮したようなものだった。ちなみにアップの方は自分の持ってる携帯端末の媒体全てに保存しておいて寝る前に見て密かに弦一郎が夢に出てくれるよう願掛け用にしている。
「人の彼氏にそれはひどすぎない?あたしは良いって思ったんだもん。もしあんた達もあたしにカッコよく撮られたいんだったらあたしの機嫌でも取ってみなさいよ」
「ははーっ、様申し訳ありませんでした!!神々しくビューティフルに光輝く様、イケてる俺のサイコーな妙技の数々を連写してくださいますようお願い申し上げます」
ブン太は下心ありありで心にもない寒い台詞をニヤニヤ笑いを浮かべながらヘコヘコして言いのけると、耐えきれずに破裂した風船のようにすぐさま大声でゲラゲラ笑い出した。吹き出した末にそりゃーないッスよと赤也も目に涙を浮かべて笑いこけ、仁王までさえもほくそ笑んでいる。あのね、と言いたくなる。こいつら三人は誰かストッパーがいないとこうやってあたしの揚げ足取って遊ぶ悪癖がある。別にそれで楽しいならコイツらに遊ばれてやっても仕方ないの気持ちも多少なくはないけど、正直いい思いはしていない。
「それよりよ~、の個人アカウントの新しくアイコン変えたやつ、匂わせ感ありまくりでヤバくね?」
「匂わせ?」
あたしと赤也が揃って疑問符を浮かべる顔をしていると、仁王がすかさずあたし個人SNSアイコンをわざわざアップにして指差してきた。なんの変哲のないオーストラリア限定店で売っていたラメがびっしり詰まった可愛い限定ボトルのドリンクでしょ。
「あーっ、副部長のテニスバッグ、と肘!」
「えっ……、あ!」
すんごくアップにしないと分からないところに、確かに弦一郎のテニスバッグと肘が入っている。めちゃくちゃ写真の端に。いや匂わせって……そもそも匂わせって……???
「匂わせってこれの何が匂わせなのよー!!」
「いやじゃのう~、これだからカップルは」
「うっわ、確かにこれは匂わせ好きな女子ぽいッスね~!ギャハハ!!」
「も~!!!!大体、匂わせって付き合ってることを隠してる人達……のことじゃないの?!」
「あ、それもそうか」
間の抜けたブン太の返事にあたしはがっくり肩を落とした。赤也にはこれが謎の大ウケし、仁王なんてあたしのメディアのリスト見て弦一郎が匂わせっぽくいる写真をあぶり出して赤也に見せてクツクツと喉を鳴らし遊んでいる。ここまで弄ばれまくってあたしいがいい気をするわけがない。広報用によく撮れた写真にはケチをつけられ、個人SNSアカウントの可愛く撮れたと思った写真達は匂わせ扱いされるし、もう散々。これ以上どうすればいいってワケ?!何でこんなに頑張って撮った写真をコイツらに笑われまくらなきゃいけないの?!
「じゃあいいわよ、文句なしの良い写真撮れっていうわけね?!」
「あ、いや別にそんなんじゃ……」
「アンタたちがゲラゲラ笑いまくってコケにしたんでしょうが!!」
これはあたしの使命であり、マネージャーの本分もであり、そして意地だ。ここまで言われてマネージャーとして不甲斐ないわけがないじゃない!!そうときた途端、あたしは八つ当たりのレベルでとっとと着替えろと三人をけしかけ、部活動開始時間までまだ全然余裕があるのにも関わらず無駄な遊びで時間を潰してる三人にすぐにでも部活を始めてもらうことにした。弦一郎の顔がおっかないなんてコメントは元の素材に関しての言及なので当の本人の彼はさておき、今週は絶対、絶対みんなから良いって認めてもらえる写真を撮ってSNSでいっぱいいいねを貰うんだからね!!
「なんか今週の、いつもは片手間に撮影してるって感じだったのに今回は息巻いていたけど何かあったのかい?」
「あっ、ああ……、幸村くん。いや別にどーってことねーんだけど……って、早!今日はもう更新されてる」
「なんの話だい?」
いつもより少し早く一斉にアップデートされる投稿に、我がマネージャーもあんなことでムキになってバカだなと思いつつ俺は笑いながらSNSを確認してやると、ディスプレイには目の前にいる笑顔と寸分違わず同じ被写体が写し出されていた。いや、よくよく見ればいつもより柔く目を細め慈しみの色が滲んでいる。ラケットを肩に抱えて、レンズを覗き込んで被写体として意識して口角をめいいっぱい上げて茶目っ気をたっぷり溢れ出させてる感じもある。幸村くんのここまでカメラマンへの愛おしげな姿をこんな風に撮れるのは……ウチの部では唯一一人しかいない。
「これはチートだろぃ…‥。ずりぃヤツ」
『休憩の合間、息抜きをする部長の姿です。』の几帳面でド真面目な説明文がこれほどまでに苛立つもんか、と思ったほどだ。散々アイツを笑いまくった俺たちにざまあみろとでも言いたい気持ちをぎゅうぎゅうに押し込めたすまし顔の文章だ。偶然撮れた写真の中で一番良いと思った物を彼女は出したつもりなんだろう。
あーあ、してやられた。
ぐうの音も出ねえ。
にしかない特権をフルに使われ、例え偶然だろうが最大限にきらめく部長の姿を撮れない俺はみるみるうちにどんどん増えていくいいねの数がバカバカしくなってしまい、それを見届けようとさえもしなかった。だってあいつはきっと、自分にしかないその特権自体に無自覚だろうから。
(210811)