ゼロ距離射撃
正気じゃねえ。強い西陽を反射するトロフィー達をよそに俺は残暑の厳しい暑さに床でのたうち回っていた。床はひんやりとまではいかないが、ぬるいくらいだ。それに心なしか自分の体温を移すことができる……ような気がしていた。それにしても、狂気的な暑さにも程ってもんがあるだろぃ。もう毛細血管まで焼け焦げるんじゃないか?赤くヒリヒリ焼けた俺のうなじとは縁遠そうな相棒の光り輝く頭部を眺める。ジャッカルはブラジルから来たからか、暑い時に俺ほど騒ぐことはねえんだよな。
「ジャッカル、お前暑くねーの?」
「流石に俺だって暑いぜ?日本の夏は湿気がすごいしな。でも家の厨房の方が暑いからよ」
「なーる。昔からあんま暑い暑いって騒がねーから平気なのかと思ってたぜ」
「騒いだところでどうにもならないからな」
そりゃそうだ。正論を言われ、頬の面積が床に限りなく接地するよう寝そべっていた俺はぐっと腹に力を入れ反動をつけて勢いよく跳ね起きた。
「ガムも調達したし、ドリンク取ってこよーぜ」
「ああ、ここも特に涼しくないしな」
俺達は部室でぐだるのをやめて、汗で手から滑りそうな空の容器を握りしめ再びテニスコートにギラギラと熱気を放つ太陽の下へと出た。思わず真田のように眉間に皺を寄せてしまう。眩しすぎてくらくらするのだ。
「ん~?何だアレ」
「何かあったか?」
辺りを明るく白く照らされたように見える中よーく目を凝らして見ると、パラソルの下で真田とがなんやらいちゃついてる模様だった。単なるいつもの言い合いなんだろーが。真田がへの想いに気づいてからというものの、俺にはアレがいつしかじゃれあいにしか見えなくなってしまった。
本格的なキャンプ場にあるようなでっかい真っ白なパラソルは、日焼けすると火傷みたいに真っ赤になるが直射日光を浴びるのが嫌だと訴えためにコートの外に特設されたものである。日傘を使ってまで夏の容赦ない日差しを避ける柳がきっと生徒会の予算を使って一本デカイやつを職権乱用し工面したんだよな。日焼けするまいと夏でも長ジャージを着てジッパーをきっちり上まで上げる奴らはデータ観測や練習の指示のために使用している。
灼熱の陽の下で大きな影を作ってくれるあの場は、幸村くんとと柳の涼み場ともなっている。そしてその三人がいない時俺や赤也は練習場のオアシスとして狙ってはくつろがせてもらっているのだ。だからガンガンの日照りから少しでも避難したい他の連中は照り返しのないコート外のベンチやレギュラーなら今の俺達のように部室に涼みに行ったりする。しかしこんな暑い日こそ鍛錬にうってつけとでもいうような鬼の真田がと二人で特注された完全遮光パラソルの下にいるのはそうそう見られる光景ではなかった。
そして今日のは珍しく、ジャージ姿ではなく立海のテニスウェアに短パン姿である。長ジャージは家に忘れてきたらしい。アイツは制服でも半袖を着ていること自体がかなり貴重だったが、俺個人の意見としては絶対半袖の方がいい。
「ブン太、何見てんだ?」
「アレ」
「どれだ?」
指差した方面にジャッカルは視線をくれると、あれかと小さく呟いた。すっぽりとパラソルの影に覆われつつ、ちちくり合う奴らをドリンクを補充しながら遠巻きから観察する俺ら。両片思いなんて甘酸っぱい関係性であんな風にいられるの、いーよなオイ。
「アイツ、ヤバいな」
「ん、どっちが?」
「に決まってんだろぃ」
「ああ……、よく思うがあんな風に真田と接せられるのはすごいよな」
は強引に真田を自分の特等席に座らせ遂には彼の頭から帽子を剥ぎ取った瞬間だった。うわ、ありえねえ。そして何事もなかったかのように木造りの折りたたみ机から下敷きを取り出し思いっきり真田の髪を煽いでいる。普段だったらその厚意にさえも意義を唱えそうな真田は借りてきた猫のように大人しくされるがままとなっていた。やっぱり、アイツヤベえ。ってそういうことじゃなくてだな。
「前々から思ってたけど、の距離感近すぎじゃねーか?」
「あ?まあ、言われてみれば……。そうだな」
「いやいや、ジャッカルおめーの目は節穴か?いくら恋する女子といえど、あそこまでの至近距離には行けねーよ。しかも今日ののカッコ……」
「あー、真田には毒かもしんねえな」
「いや、大抵の奴らには毒だろうがよ……。なんか、アイツ体型も欧米人じみてるよな。胸もケツもデカイし」
「そうか?」
「バーカ、ジャッカルお前の理想がバグってんだよ!日本人女子の平均ってもんを考えてみろぃ!」
「おいおい、バグってるはないだろ……。まあ言われてみればそうか。なんか……アメリカの学園モノドラマに出てくる女子みたいな感じか?」
「それ、それ!それだ」
最初は要領を得ない返答をしていた相棒だが、俺が言いたいことをドンピシャに当ててみせた。そうなんだよ。ようやく煌々とした日差しの下で目が慣れてきたからのテニスウェアが胸で布が突っ張りたわんで揺れていることがここからでもしっかり見て取れる。ウエストにはしっかりくびれがあるし、短パンで余計に分かる尻と太もものボリューム。発育途中なはずなのに、そこらへんの中学生女子の中でなら抜きん出ている。なんつーか、所謂華奢な女子じゃないんだよな。ジャッカルの思い描くダイナマイトバディには程遠いかもしんねーけど、がっしりと肉感のあるメリハリボディではあると俺は思う。
そして当のはドリンクをずいと真田に押し付けどうやら小言を言っている模様。いやあれはマジモンの怖いもん知らずだ。しかし惚れた欲目なのか、真田は未だ大人しくのお節介にさられるがままとなっており手渡されたドリンク片手に前傾姿勢となり足元だけを見ていた。あの真田が暑さでやられるかってか?いや、あれはそうじゃない。きっとアテられてんだ、露わになったの無防備な白い二の腕に少々逞しい脚、それとくっきりとしたボディラインによ。俺は手を額にかざし、デカメロンとまでは言えないが中メロン二つ分に集中してみた。
「んー、俺の見立てだとE以上」
「は?」
「どう思う?のカップ数」
「……Dか?」
「いや、ぜってーE以上。もしくはFに一票」
「柳なら答えを知ってるんじゃねーのか?」
「かもな」
膨らましたガムがぱちんと軽快な音で弾けた。そして再び弾力のある塊を噛みながら、そうだそうだ、あれは弾力もありそーだよなと男の性で妄想してしまう。別に俺はのことは友達としてしか認識してないけどよ、あれをいつか好きなようにできる真田はちょっと羨ましい。
ああ、うだるような暑さで頭がぼんやりしちまってるしうるさい蝉の大合唱のせいで余計に目の前の光景のことしか考えらんねえ。ろくに顔を上げない真田を思い遣ってか、はおもむろに三角ずわりになり首を傾げて真田を見上げていた。ちょ、それは反則反則!!
「……谷間見えんじゃねーのか?あの角度は」
「……真田なら大丈夫なんじゃないのか?」
「いやダメだろぃ」
完全なるアウトだ。のパーソナルスペースの狭さ、そして男子でもお構いなく仲良い連中には近づいてしまう癖こういう時マジよくねえ。それでは自分のことを好きなんだと勘違いしてた男子部員も何人かいたってのによ。男は単純なもんなんだぜ?けどアイツはそういうことをちっとも分かってねーよ。絶対自分のことをそういう対象に見られてるとか思ってねーもん。大方性善説信者なのだろう。
あれか。でもそれはもしかして幸村くんのせいかもしれない。あの二人はベタベタすることこそないといえど、一緒のベンチにいる時とかに体をピッタリ横に寄せられ座っていることや話してる時の顔が近いなど例は数多。まあ、幸村くんは別に気にしてる素振りなんて見せないし、幸村くんにとっちゃは妹みたいなもんなんだろうけどな。
「俺、初めて真田を哀れに思うぜ」
「同感」
ジャッカルのシンプルな哀れみにそれ以上の言葉はなかった。ギャハハと他人の恋愛事情に慈悲のない笑い声を上げ、カラカラに渇ききった喉をお手製のドリンクで潤す。それは胃を満たし、体の中からじわじわと染みていく。
が無自覚に"女"の部分を晒してること、そして眉間の皺を寄せるわけでもなくむっつりとした顔で黙りこくる副部長はひどく健全だ。
正気じゃねえ。暑さで参ってる俺は彼らを横目に再びそう呟いた。
(210404)