今日は特別な日。そう、今日は弦一郎の誕生日。だから、何か手作りで作ろうと思ってクッキーなんて焼いてみた。 それもちゃんと、ほうじ茶入りだったり抹茶味だったり。勿論甘さ控えめ。弦一郎の口に合うかな。それに加えて、鮫の革で出来た上等な鍔止めを持ってきた。上出来だ。そんな風に今日は授業中ずっとそわそわしていた。

ブン太に味見もしてもらったし、美味しくできたと思う。蓮二には「今日は部活後弦一郎と一緒に帰るんだろう?」とあたしの様子を見かねて声をかけてきた。 ふふ、そうなのだ。最近都合が合わず、なかなか一緒に帰る事が出来なかったので、一緒に帰るのは一週間とちょっとぶり。こんな小さな事がとても嬉しかった。

しかしそれを待ちきれず、あたしがHRが終わるのと同時に荷物を抱えて弦一郎と一緒に部活へ向かおうと急いだせいか悲劇がおこった。あたしは誰よりも早く弦一郎の教室に向かおうと、急ぎ足で向かった。あまりにも弦一郎の喜んだ顔とか、今日なんて言ってプレゼントを渡そうとか、そんな事で頭いっぱいだったからなのかもしれない。上の空で目の前を全然見ていなかったあたしは、廊下の曲がり際。ズドーンと誰かに勢いよくぶつかってしまった。その拍子で、あたしのその後の記憶は、定かではない。




「な、何だ急に・・・」

ぶつかった衝撃からか、視界がぼやけてうまく見えない。ボーっとする頭でしっかり立ち上がろうとすると、自分の下に誰かがいるのを感じた。しかしようやくはっきりしてきた意識でその人物を見ると、信じられない光景が広がっていた。そう、俺が下敷きにしていた人物は何と俺自身だったのだ。

「な、な、な・・・?」

声を発するといつもの声よりも高く、けれど心地良い声が聞こえてくる。まだ俺の身体は意識を取り戻していないらしく、倒れたままでいた。俺は何が何やら訳が分からず、自分の手を見てみるといつもより一回り小さい。しかもよく見た事のある、小さくて白く柔らかい手だ。俺の身体から降り、自分の格好を見下ろしてみると女子の制服を着ている。む、胸も膨らんでいる。俺は一度に得た視覚情報に混乱させられ、今いったい何が起きているのか全く冷静に考えられなかった。立ち上がり、窓を見てみるとそこに浮かぶのは見慣れた愛らしい姿。

?!」

そして発せられた驚いた声は見事にのものであった。俺はその信じられない情景に唖然とし、完全に意識を失っている自分をただただ見下ろしていた。荷物が散らばっているのもそのままで。するとガヤガヤと廊下が賑やかになりだす。そうだ、HRが終わり皆帰ったり部活へ向かう頃だ。と、とりあえず協力者を探し自分の身体を保健室へと運ばなければ。俺はまとまらない頭で必死にそう考えつくと、不幸中の幸い、よく見知った者が倒れてる俺に駆けつけた。

・・・?!どうしたんだ、真田は!こんなところで・・・」
「それが俺にも一体どういう状況なのか全く・・・幸村、とりあえず俺の身体を保健室へと運ぶのを手伝ってくれ」
・・・?どうしたんだ、まるで真田が乗り移ったみたいな口ぶりをして・・・俺の身体?」
「ええい、説明は後だ!頼む、幸村。俺の力では運ぶことはできん。手伝ってくれ」

幸村は狐につままれたような顔をし、俺の行動に訝しみ不承不承ながらも、保健室へと身体を担いでいってくれた。いささか、足をずるずると引きずり粗雑な扱いであったがこの際仕方がない。

「・・・それで?真田の人格がに乗り移ったとでもいうのかい?」

全く俺らしくもなく貧血を起こして頭にコブを作り、気を失ったという診断をされた俺の身体は保健室の白いベッドへと横たわっていた。放課後だからと、会議があると保険医の先生は俺が運ばれた後少し席を外した途端幸村が怪訝そうな顔で俺に尋ねてきた。

「・・・信じられんかもしれんんだろうが、そうのようだ」
「・・・じゃあ真田の身体にはの人格が移ってるかもしれないのか・・・最悪だ・・・」

幸村はこの世の終わりだ、とでもいうような絶望的な顔をしてから俺に向き直った。

「で、どうしてこうなったんだい?」
「俺はを迎えに行こうと早めに終わったHRの後のクラスに向かっていたのだが・・・曲がり角で誰かが急ぎ足で向かってきてそのままぶつかったのだ。それがだったというわけだが・・・」
「まるでアニメか映画のような話だな。なるほど面白い・・・。じゃあまたぶつかれば戻るかどうかは分からない、ってわけか」

幸村は冷静にそう言ってのけると少し考え込んだ。俺は先ほどからゴチャゴチャとしていた頭が少しずつ整理されていく、今や足がスースーとするのがとても気になった。しかしこれはの身体、傷つけたり、変な事などましてや出来ない。今にもスカートを脱ぎたい一心だったが、ここは仕方ないと幸村が次に口を開くのを待った。

「じゃあ真田・・・が目が覚めるまで、普通にしていよう。起きたらまた何か分かるだろう」
「まさか、目が覚めないということはあるまいな・・・?」

俺がそう言った瞬間、小さく唸り声が聞こえた。

「んー・・・な、なんか・・・くらくらする・・・」
!!大丈夫だったのか!」

俺がそう声を上げると、俺の身体に入ったが身体を起こして目を覚ました。

「んー・・・だれ・・・・・・えええっ?!」

は俺の顔、(つまりはの顔だが)を見ると目を丸くして、俺の声で素っ頓狂な声をあげた。このような形で俺の声を聞くのはまさに奇妙なそれ以外の何者でもなかった。

「ドッペルゲンガー???ええっ?!せっちゃん???えっやだあたし声低い・・・えっ?!弦一郎のこえ・・・?!」

そして自分の声で女言葉を話すのはとてつもなく気色が悪かった。それを幸村も感じていたようで、幸村の顔が非常に歪んでいたが、なんとか取り繕おうとしているようだ。

「その調子じゃも大丈夫そうだね。まぁ、これで事態は少し進展したわけだ」

はあまりのことに信じられず、えーっと声を何度も上げ騒ぎ出した。これがの姿ならまだ可愛らしいものの、でかい図体をした声の野太い自分がやっているとなると・・・見苦しいしか言い様がなかった。

、落ち着いてくれ。それに真田の姿で騒ぐのやめてくれないか。すごく気色が悪い」

幸村は遠慮なくずけずけと言ってのけるとはブツブツ文句を言いながらも騒ぐのをやめた。けれど俺の身体が面白いのか物珍しげに手を開いたり握ったりして眺めている。

「いいかい、どうやら真田との身体がぶつかった拍子に人格が入れ替わってしまったようだ」
「それってアニメとかの話じゃないの?」
「でも現に起こってるじゃないか。それに夢でもない。ぶつけたところ痛いだろ?」
「確かに・・・」

氷を頭に当てながら答えるは幸村の神妙さのおかげか妙に納得していた。

「だから、とりあえず元に戻れる方法を探すまで互いに今日は互いのフリをするしかないと思うんだ」
「えっ・・・あたしが弦一郎の・・・はまだいいけど、弦一郎があたしのフリ・・・?」

(俺の姿だが)は俺を疑うような眼差しを向けた。

「む、何だ。出来ないとでも思っているのか?」
「「うん」」

幸村との声が重なる。しかも素早い返事だった。確かに、女子の振る舞いなど俺が知るわけがない。よく知っているのマネでさえも・・・出来る自信はあまりなかった。

「今日はもう部活やらないで二人は帰りなよ。部活に出たらややこしくなるだろうし、今日はの家、誰もいないんだろう?」
「そう、そうだった。パパが出張中でママが旅行中で皆出払ってるんだよね・・・」
「じゃあの家に泊まらせてもらうなりすればいいじゃないか」
「な、な、なっ!!そんなまだ嫁入り前の女子の家に泊まれるわけが・・・!」
「あのさあ真田。自分の姿見て発情するかい?だとすれば相当なナルシストだよ。それよりもがその姿で変な事をされないように真田を見張っておくべきだと俺は思うんだけど」
「そ、そんな邪なこと考えるわけないではないかっ!!」

幸村は全くその言葉を信用していない、とでも言いたげに俺に一瞥をくれ、はそれもそうかと大人しく幸村の話に頷いていた。

「じゃあ荷物、部室から取ってくるよ。先輩には話通しておくから」
「でもせっちゃん・・・明日までに戻れなかったら」どうしよう?
「・・・そしたら怪我の様子が良くないらしいって伝えとくよ。真田の家には俺の家に泊まる事にしておいておくから。嫁入り前の女子の家に泊まっちゃマズイんだろう?」
「・・・幸村、恩に着る」
「せっちゃんありがとう・・・!!」

幸村は目を輝かせてお礼を言う俺の姿のに、ものすごく複雑そうに苦笑し俺に聞こえるか聞こえない程度の小さな声で、「お願いだから早く元のに戻ってくれ・・・」と必死にすがるように呟いた。





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