花の輪郭をなぞるように精市はわたしを扱う。花弁をそうっと、その指で、その爪で、きずつけてしまわないように優しく扱う。わたしは壊れ物なんかじゃないのに。そう呟くと、精市は俺の力がつよすぎるからね、と笑う。でも、わたしは精市が触れる手にいたみを感じたことはない。全神経を注いでいるように、精市はわたしの髪一本でも取り零さぬように、ていねいにていねいに扱う。でも精市はそんなことはないという。だからわたしはコートに立つ厳しく冷たい精市を見るとあれは本当にわたしが知る精市なのかと思ってしまう。真昼からじゃれあっていたわたしたちはシーツにくるまり、精市の流すブラームスの子守歌に身を委ねている。今日はせっかくのデートの約束をしていたというのにふたりでベッドへと沈んでしまった。でも、それを惜しいと思わないのはわたしは精市と自分の間に流れる空気が好きだからだ。精市はそれを知っているのか、わたしの気配を全身でいつも感じ取っているような気がする。わたしは、大事にされている。そんなわたしも、かれを大事にしている。枕元で思いに耽るわたしを精市はその丸い瞳にわたしを映してじいっと観察していた。そして、わたしは思いに耽るフリをして彼を観察している。そういえば、わたしと精市は、似ているのかもしれない。わたしが触れる時精市は、どう感じているのだろうと、思う。言葉にしても、しきれない思いは、浮かんでは消え、そしてわたしと精市に流れる空気となる。髪の間にかれの指が通るのを感じた。目線だけをかれに移せば、精市はいつものように穏やかに微笑んでいる。
「不思議だ」
「うん?」
「いつものことなのに、これほどまでに、幸せと思ったことはないよ」
「いつもは幸せじゃないの?」
「いつも以上に、さ」
わたしが、あのね、とかれに身を寄せながら言葉を続ける。さらされた肌は温かく、そして滑らかで離れがたい。わたしの次の言葉を待つように精市はわたしを引き寄せた。鼻先に彼の肩があたる。鎖骨にくちびるをつけて、わたしはささやいた。
「うまれて、おめでとう」
精市はわたしの胸がつぶれるほどに力強く抱きしめる。優しい精市の指が背中を這うとわたしはゾクゾクと精市の胸の中で揺れる。日が傾き、彼の部屋から見える庭の花々が影を作る。花の輪郭が、さわさわと芝生の上で揺れた。