それは白昼夢だった。日本ではないどこか、一面の花畑。花々はそよ風に揺らぎ、蜃気楼がかかっているようにぼやけて見えた。その映像はどこか美しくて、どこか物悲しかった。花々の中に立っている俺は、むせ返るような花の香りに一種の絶望感を抱いていた。その花は黄色い水仙で、小さく愛らしい花がなっている。ざあっと風が吹くと花も揺れる。俺はこの世界が常世ではないということにすでに気づいていた。


目を凝らすと遠くに誰かが立っているのが見えた。凝らさなければ見えない程遠いので、俺は近づこうと歩んだ。けれど一定の距離を歩くと、なぜか見えない壁があって近づけない。俺は遠くからその子を見つめるしかなかった。その子は長い髪を揺らして、白い半袖のワンピースを着ている。女の子だ。なぜかその姿には馴染みがあった。


俺は自分の住んでいる世界ではないこの場所をぐるっと見回した。ここは、どこだろう。夢のなかの、自分が創った世界なのは分かる。けれど、目覚めるまでこの世界からは出られない。どうしたものか。ふ、と彼女に目を配せると、彼女はこちらを見ていた。けれど顔まではよく見えない。彼女が見ているという行為に何故かとてつもなく心がざわめいていた。何かを失ってしまったかのように。


俺はそこからぐらりと目の前が揺れ、辺りが暗転した。気がつくと、そこは見慣れた白い壁だった。ああ、そうだ。幸村精市はこの病室でうたた寝をしていた。カーテンの隙間から、日差しが漏れている。俺はベッドの脇の机に置いてある水差しから水を注ぎ、心を落ち着けるように水を流し込んだ。身体中に冷たい感覚が染み渡る。そうだ、手術の日は明日だ。カレンダーに目をやると先ほどの非現実的な世界から一気に引き戻される。そう、あれは夢だったのだ。


すると静かに引き戸が開く。この頃は来客も少なくなり、手術前日に来るとは誰だろう。俺は入り口に視線を向けた。そこには非現実的な世界に佇んでいた少女が白いワンピースを着て微笑んでいた。





俺は名前を紡ぐと、彼女はたおやかに笑った。。そう先ほどの少女はだったのか。長い髪を揺らして、何も言わずに静かに笑みをたたえている。は俺にとって眩しい女の子だった。幼い頃に川で遊んだり、泥だらけになってはしゃいだり。それからめっきり会うことがなかったのに、なぜだろう。どうして君はここにいるのだろうか?


俺は郷愁にかられ、彼女の白い腕に手を伸ばす。ああ、あれから君は随分と背が伸びて女の子らしくなったね。大好きだった、何もかも。その笑顔も、長い睫毛も、白い肌も、笑い声も。も手を差し出して俺に触れようとした。俺はその小さな手に自分のを重ねようとした時、またもや周りが暗転した。


無機質な壁がそこにはあるだけだった。窓辺を見ると、わずかにカーテンから光が差し込んでいる。先ほどと全く同じ世界、同じ時間。水を飲もうとテーブルを見ると、そこには今しがた見かけた少女が写真立ての中に収まっていた。そうだ、彼女は先週亡くなったのだ。俺は唐突にその事実を思い出した。。俺の中の小さな思い出。写真立てを手に取り思いを馳せる。黄色い水仙の中君は何を想っていたんだい。俺が昔、その花言葉を教えてあげただろう。


俺はプラスチック越しにの頬を撫でる。すると再び世界は暗転した。次に目覚める時は常世なのか、幻世なのか。俺には到底わからないだろうけど、君に会えるのならばどちらでもいい。君に贈る黄色い水仙は、君の居る場所にも届いているだろうか。


それは、白昼夢だった。













黄水仙の花言葉:もう一度愛してほしい