頑張れ、桃ちゃん先輩!



俺は今までのことを振り返りながら、チャリで走り出していた。約束の時間までまだ全然余裕があるはずなのに。軽はずみな約束から始まったデートだったのに、俺は明らかに緊張していた。 そうだ、クラスでよく地べたに座りながらぐるっと円陣描いてギャーギャー楽しく話してるはずの相手だったのに、俺は意識してしまっていたんだ。休み時間になればいつも教室の隅であぐらかいて座ってる、カラッと笑ってる。これが笑い上戸なもんでケタケタ笑う。いつもテンション高めで、楽しそうに話してると一緒にいれば笑いに事欠かなかった。トイレ掃除だって隣の男子トイレに聞こえるくらい大きな声で爆笑してるのが聞こえてきたし、いつも曇りのないきらきらした目でくだらないことばっかり喋ってる。だから俺ももクラスで話す仲良いヤツの一人、としてしか認識してなかった……はずだったんだけどな。

どうしてか話の流れでファミレスの夏フェア中のパフェを食べに行こうって話になって、ヨッシャ俺もそれ気になってたところだから行くっきゃねーだろ!って意気揚々と誘いに乗ったんだよ。そしたら一人、そしてまた一人その日予定あったわ、だとか部活が忙しくて……と週半ばにして皆辞退しだしたんだ。まぁ計画性のない者達にはありがちな展開だが。他に誰か行くヤツいねーかなぁ、と思って他のクラスメイトに誘いはかけたんだけども、それもまたどうにもこうにも予定が合わなくて。
でもどうしてもパフェ食べたいんだよなーとあっけらかんと言うに俺は思わず「メンツ揃わないけど、行くか」と声かけちまったのが始まり。は少しびっくりしたように目を丸くしていたけど、すぐに「いいねぇ!」っていつもの気持ちの良い笑顔で返事してくれた。別にデートしようだとかそんな意図はなかったんだが、思わずデートになってしまっていたのだ。

「これって、デート?」と無邪気に茶化すに、俺はなんか少し意識してしまってドギマギし始めていた。たまにが袴姿で弓道場からの道すがら、コートにいる俺を見たよという話を前にされていたので、彼女がまた見ているかもしれないと思いテニスの練習にも余計身が入って、俺はその週なんだかカッコつけてスマッシュを決めまくってた。力の入りすぎた練習で竜崎先生に怒られたりしたけど。でもコート上で見かけたは脇目も振らず袴姿のままコートに見向きもせず突っ走って行ってしまったので、それは無駄になってしまったのだ。なんだかいつもと俺の様子が違うって流石の乾先輩にはバレてたっぽくて、乾先輩にデータを取らせないよう「今週末好きなアイドルのCD発売があるんスよ~!!」なんてありもしないウソをついたら、事情を察したのか「そうか、それは楽しみだな」と一蹴させられてしまう始末。帰宅すれば暇な時間はとパフェ食ったあとに何しようかって考えるようになってしまった。金曜の晩、思いつきで『その日カラオケも行こーぜ!』、と寝る前にメッセージを送信すれば『それ最高じゃん、桃城天才!採用!』と爽快な返事が返ってくる。

のことを思い返すと、密かに誰かに想われてることがあったように思う。なんか、こう後腐れないっていうか、素直で明るいヤツだからよ。声がデカくてしょっちゅー先生に怒られててもヘコタレやしねえ、でもだからといって神経が図太いってわけじゃない。落ち込む時は分かりやすく落ち込んで、皆にお菓子を恵まれていたりする。それにまあ、そこそこ可愛かったりする。なんか垢抜ければ絶対もっと可愛くなるんだろうなーって感じの女子。いや、野暮ったいってわけでもねーんだけど。愛嬌があるって言えばいいんだろうか、持ち前の明るさも相まって可愛い部類に俺は入ると思う。先生に叱られこそはするが、お気に入りの生徒と化してることもありすごく親しそうに誰とでも話せる。席替えでアイツと近くなればついつい話し込んじまうし、どんな話題でも話が弾んじまうんだよな。あれ、の才能だと思う。それにの笑い声ってすっげー目立つんだよな。何がそんな楽しいんだってくらい箸が転げる程度で笑いまくるし、マシンガントークで話すしノリも良い。俺も目立つ方な自覚はあるけど、もそこそこ目立つ存在だった。だから憎からず好意を寄せてるヤツがたまにいたことを俺は知っている。だからといって行動に出てその好意を告白といった形で示すまでに至るやつはあんまりいなかった。多分、は誰にでも分け隔てなく対応するからあいつの一番になるのはなかなか難しかったからなんじゃねーかな。

俺はこんなにについて考えたことないんじゃないかってくらい、ここ数日でってどんなヤツだったっけと思い返してしまった。月曜にパフェを食べに行く話が出て、皆の予定が合わないことが発覚したのは水曜日。だからデートに行く日曜まで律儀に週の半分、毎晩。夢の中にまであの屈託のない笑い声が聞こえてきたような気がする。 前の晩、日曜に何かひたすら楽しみにしていることがあるのが親にバレてしまったので、申し訳程度に「明日クラスのヤツと出かけるから!」と言えば、あらそう、だなんて母親からはいつもの調子で返される。俺が外に遊びに行くことなんて特に珍しいことじゃねーからこの作戦は有効だった。








* * *








そしてとうとう迎えたXデー。俺にしては早く来すぎたような気がする。チャリ置き場にチャリを止め、その場で立って待つにはあまりにも落ち着かないので近くのコンビニに入って店内を無駄にグルグル歩きまわってしまった。は10分後に、待ち合わせ時間5分前に手を振りながらこちらに駆け寄り「待った?」と少し息を切らしてる。 なんだか、……なんだか可愛いんじゃねーのか?いつもキツく高めに結い上げられてる髪は下ろされてるし、リボンを着けていないいつもの制服姿と袴姿とは打って変わってフリルのついた半袖白シャツに赤のギンガムチェックのショートパンツにのイメージに似合う真っ白なスニーカー。少し化粧もしてんのかな。イヤリングや斜めがけの小さめなバッグがなんとも女子らしい。


「なんか……意外だな」
「えっ、そう?!なんか変?!」
「いや変じゃねーよ、変じゃねーけどさ。って私服だと雰囲気違ぇーなって」
「あはは、オトコノコと遊びに行くと思ったらちょっと意識しちゃったかもね!」


そういうことをあっけらかんと言ってしまう、お前それはねーよ。サラッとそういうこと言うからこっちだって意識しちゃうんじゃねーのか?そうか、こういうことをなんでもなく言っちゃうから自分のこと好きなんじゃないかって勘違いする男子が増えるワケか。……って俺もその男子の一人になってねーか?いや、違う違う。俺とはたまたま皆の予定が合わずに二人でパフェを食べに来た身なだけ。でもそれが楽しいってなんのその。ファミレスでもは夏フェアのパフェ以外の食べ物にも目移りしてしまって、俺が多めに食べるから好きなの頼めよって言えば目をキラキラ輝かせて「桃城ほんっといいヤツだよね~、サンキュー!」と白い歯を二カッと見せて笑った。こういう素直なところが、こっちが照れ臭くなるほどだ。

細かくパフェの層の食レポをするは面白い。コーンフレークと寒天のマリアージュが……とかワケのわからない、きっと本人もテキトーな言葉達をそれらしく並べている。 「まっ、要するに美味しいってコト!桃城もそう思わん?」と光るイヤリングを揺らして満面の笑みで言われちゃあ、「そう思うぜ」とこちらも素直にならないわけにはいかねーな、いかねーよ。着てる服や雰囲気は別人のようにまるで違うのに教室で見るよう変わらずテンション高く、そのままカラオケへ行く。は自分の好きな曲をマイペースにガンガン入れるけど、俺にもガンガン入れるターンを作ってくれるし、「じゃあじゃあ、あの曲聞きたい!」と話を盛り上げ交互に入れるターンもちゃんと作ってくれる。飲み物なんか飲む?私が取ってくるよ~、とニコニコ笑みを絶やさず世話を焼いてくる。ああ、コイツのこういうところで男子は喜んじゃうのか。って、俺もその一人なのか、と今日何度思わされたことだろう。ああ、ってことはもう……。


俺、のこと好きだ。


この笑顔、独り占めにしたいしこんな風に無防備に可愛さを振りまいてるの姿、他のヤツに見せたくない。多分きっとそれを完全に叶えるのは難しいんだろうけど、じゃあその近道の方法はなんだって話で。俺がの彼氏になれば、それは大分可能なワケで。こんなにのことばかり考えて、こんなに彼女のことを考えてときめいて。俺だって予測不可能だったし、自分じゃこの予報は分かりゃしねー。いや、分かっていたのかもしれない。気づかないよう、気づかないよう慎重に気持ちの進度を遅らせてただけで。

昼前から夕方までたっぷり遊んで、帰りは彼女を送るためにの最寄りの駅までチャリを押す。「マージ楽しかった!!今度は皆で遊びたいな~」と両腕を伸ばしご満悦なの後ろ姿を眺める。
告白……しちまおうかな。今日彼女が好きだって自覚しといて、もう伝えちゃうのか?いくらなんでも軽すぎやしないか?いやでも、学校に戻ればいつもの喧騒の中に俺の声は紛れてしまうかもしれない。いつもの"ただの仲良しなクラスメイト"に戻ってしまうかもしれない。彼女の一番になるのは難しくなってしまうかもしれない。この二人だけでシェアした特別な空間を逃したらもう二度目はないかもしれない。



言うんだ、男・桃城。
チャンスは、ーー今だ!



、俺……」


そして夕焼け色に染まるの頬を見て、俺はニンマリと喜びを全面に押し出した笑みを浮かべていた。