さみしいはまものじゃ。気付けば俺の背後についてまわっている。まもののように不気味で不可解で、そしておそろしい。さみしいはどこから生まれるか分からん。心に隙間があるとそれを抜け目なく喰らいにかかる。俺はそんなまものに喰われるのがおそろしゅうて適わん。自分の手で壊していくしあわせという、美しい造形物には俺は指一本触れることも叶わん。さみしい、が造形物の中身を形成してる、そんな妄想にとらわれる。さみしいは、おそろしい。俺の中で、弄ばれていると思えば、それはいつの間にか背後でいつ赤ずきんを腹に収めようか狙う、狼の如く。横たわる女といういきものを手に抱いている間は、さみしいは俺を横から見下ろしている。闇も、おそろしい。でもそれは、さみしさの恐ろしさとは違う。闇には美しいを含んだ、恐怖が満ち満ちている。俺はその闇を手にすることは厭わない。ただ、さみしいは嫌じゃ。さみしいは、嫌じゃ。


さみしさを紛らわす、とよく言うが俺にそれは何か分からん。さみしいはまものじゃ。いつだって心を巣食っている、どうしようもない、まものじゃ。おまんを手にしたって俺はさみしい。ふと、感じるさみしさ。それは、まものの足あとを俺がひとつひとつ目にしているだけだ。その足あとの上を俺は辿るしかない。逃げ道はない。好きなんて言葉はいくらだって言える。好きだって愛してるって、月並みな言葉でおまんは喜ぶ。でもさみしさは消えない。おまんは違う女の肌を撫ぜる俺の手つきを知らんじゃろ。さみしさにとって欺き通す自分は格好の餌食なのかもしれん。でも俺はこれしか知らんき。さみしさというまものが消えることはない。どの女とベッドを共にしようと、じっとさみしさは俺を見つめている。いつだって俺は怯えている。


夕闇の影が落ちるベランダの傍あぐらかき俯く。カンカン、といつもおまんが鳴らすヒールの甲高い足音を待つ。嗚呼、さみしい。誰が聞くまでもなく、ぽつりとつぶやく。つぶやいた瞬間、さみしさがふ、と微笑んだ気がした。俺は、さみしいの甘い誘惑に堕ちていく。どんどん、ずぶりずぶりと。