日が沈んでいくのが早くなりテニス部の練習時間も少し短くなってきた頃、恥ずかしながら私と長太郎の付き合いが長いお付き合いだね、なんて周りに言われるようになっていた。中学生からの私達からしたら、お付き合いなんて数ヶ月で突然終わったりするようなものだったけれど私達二人の場合にはゆっくりと穏やかな愛が育まれているようだ。 自分で言うのもなんだがむず痒い事実だけれど、長太郎と私の関係は極めて良好で、なおかつ健全なものである。今回の彼のお休みも、久しぶりに近くのショッピング街に出かけようと計画を立てているのだ。 こんなに月日が経てど、長太郎の顔を見て話す時どうも顔が緩んでしまっていつも思うような表情が出来ない。


「じゃあ、明日駅の改札口で。十時ね」

「俺が家の前まで迎えに行くのに……」

「そんなことされたら逆に焦って遅刻しちゃうでしょ、駅前ね。早く来すぎも駄目だよ」

「うーん……分かったよ」


長太郎はあまり納得がいっていなかった様子だけど、彼が家の前まで来てしまったら、待たせないようにと焦って遅刻する自分が目に見えているんだから仕方がない。日常的に長太郎と話すのに慣れているとはいえ、恋仲になってからのコミュニケーションがどうしてもたどたどしい。元々紳士的でスマートな長太郎の態度はそこまで変わらないんだけど、自分が意識しすぎてどうにかなってしまいそう。こんなにも新鮮なドキドキ感を味わっているのは私だけなのだろうか。長太郎は今でもドキドキしてる?そんなこと今更聞けるものか。


、頬が赤くなってる。寒くなってきたからかな?」

「ちょ、長太郎……大丈夫、大丈夫だってば!」


下校時間で行き交う人が多い中長太郎は人目なんて気にもせず私の額にひんやりとした手をあてる。彼の手のひらの感触に頭がぼうっとしてしまうのと、周りに見られている恥ずかしさで慌ててしまうのと。長太郎が遠慮なく距離を詰めてくるので友人曰く私達は名物カップルなんて思われてるらしい。彼の優しさに嬉しい気持ちは山々だけれど、長太郎の腕を引っ張って下ろした。


「熱はないようだけど……。はのぼせやすいよね」

「あ~~まぁね……」


あんたのせいだよ、とは言えず目を泳がせながら薄ら笑いを浮かべてしまう。また不細工な表情でどうしようもないな、自分。どうしても彼といる時、自分でも素敵だなと胸張れる笑顔が出てこない。付き合いだしてからずっと自分の制御できない感情に悩まされているのに、私は。


「じゃ、じゃあ明日ね長太郎。メッセージ送る」

「うん、暖かくして来て。また明日」


長太郎は相変わらず朗らかに笑いながら手を振りながらコートへ向かっていった。私がいつまでもその場で手を振っていると彼は何度も振り返ってしまうので今日は早々に退散だ。明日のデート服を考えなければ。帰宅した後私は明日の為に備えようと出来る限りのことを始める。絶対に効果のない夕食を少なめに食べるというダイエットや普段もやっている小顔ローラーに美容体操、母親のパックを一枚くすねて準備は万端!というところに長太郎の返事が返ってきた。

『明日楽しみだね!』


くうぅと言葉ならぬ言葉をあげてしまう。しっかりと可愛い動物のスタンプも添えられて、長太郎は私のように緊張もせずいつものコンディションで完璧だ。一ヶ月以上久々なお外デート、顔にパックしている私は口角がぷるぷると震えてしまう。着ていくものはラメ入りニットの上着に大人っぽいシャツワンピだし、可愛いパンプスだって履いちゃう。下ろしたてなんだから!しっかりと明日のコーディネートを整え、滅多にしない薄ピンクのマニキュアを爪に塗り、『おやすみ』と長太郎に返事を打って十時には眠りについた。



* * *





「長太郎!!待った?!」

「そんな走ってこなくても俺は逃げないよ、

「そ、そうじゃなくて……ハァ、二分遅刻した!」

「女性が遅刻するのはそれだけおめかしに時間がかかるってことなんでしょ?」

「そうじゃなくて~!!……はぁ、とにかくごめん」

「そうじゃないの?電車には乗れるから大丈夫だよ。ほら」


長太郎は自然に私に向けて手を差し出してくれる。どうしてそんなにナチュラルでいられるの?!と言葉が喉まで出かかったが長太郎を見上げた時にそんなものは飲み込んでしまった。いつも通りの私好みの、優しげな顔。クルーネックの白のリブニットがすごく似合ってる。脚も長いし、育ちの良さそうな革靴を選んでくるあたりそこら辺の男子とは全然違うと思う。まぁ、氷帝テニス部全体で見てしまうと、皆カッコよくてあれが標準なのかと錯覚を起こしそうになるけれど。


「どうしたの、電車もうすぐ来るよ?」


見惚れていた私は長太郎の一声で我に返り、彼の手を取り歩き出した。ああ、付き合って随分経つのに未だにこんなに彼氏のことが格好いいと思ってしまうだなんて、恥ずかしいったらありゃしない。電車では最近あったことを教室でいる時のように話す。けれど彼と横並びで話すのはまた珍しくて、密着度がいつもより高くなってしまい緊張してしまう。電車に揺られながらたまにそのことを思い出すたびに、様子がおかしくなる私を長太郎が「どうしたの?」と心配する。初デートじゃないのに、どうしてこんなに心臓の鼓動が鳴り止まないのか!あ、鼓動が止まったら死んでしまう。


、なにか見たいものある?」

「え、あー……」


貴方です、だなんて口が裂けても言えないし……。と考えたらまた恥ずかしいことを。でもやっぱり普段制服で生活してる私達からすると私服って特別だよね。長太郎は制服もジャージ姿もかっこいいけれど、私服だと品の良さが隠しきれないっていうか、きっと他の女子も彼に見惚れていることだろう。私は適当に見たかったマップにある洋服屋を指すと長太郎は満面の笑みでじゃあそこを中心に回ろうかと答えてくれる。こんなに優しくて大切にしてくれる彼氏なんている?!と私は誇らしげにも思ってしまい、道中機嫌よく買い物をし、長太郎は私が鏡の前で合わせるほとんどの服が似合って可愛いと言ってくれ最高の気分で街を巡るのであった。

けれどその幸せな気分にも少し陰りはあった。アクセサリー屋さんの目の前ではた、と私が足を止めたのだ。少し大人びた店で高校生なのか大学生なのか分からないけれど皆浮足立ったようにアクセサリーを眺めている。そういえば前から、彼氏から貰うアクセサリーという物に憧れを抱いていたのだ。でもいいなあと他のカップルが嬉しそうにペアリングをつけているのを見るだけで憧れが羨ましさに変わってしまっていた。陰りというには贅沢だけれど、彼氏からアクセサリー貰うのは乙女の一生の夢だと思う。


、なんか買いたい物あった?」

「え、ううん。見てただけだよ」

「そっか。じゃあそろそろ出よう」


そんなにアクセサリーショップが居心地悪かったかな。長太郎にしてはソワソワと落ち着きのない様子だ。すると私を道中のベンチに半ば強引に座らせた。あまり私に物事を強要することのない長太郎なので珍しい行動に私は一体どうしたのかと尋ねた。返事もなく急に長太郎がかがんだと思ったら、なんと私の前にひざまずいたのだ!


「ちょ、長太郎どうしたの?」

「どうしたのじゃないよ。は痛くないの?あーあ、こんなに赤くなってる……」


長太郎はおもむろに私の足を掴みかかとの様子を見ていた。言われてみれば痛い。新しい靴なので靴擦れが起きていたのだ。長太郎は少し悲しそうな表情を浮かべて、斜めにかけているコンパクトな鞄から絆創膏を取り出した。


「本当は消毒したいんだけど……消毒液がないから、ちょっと待ってて」

「え?!あ、はい?」


長太郎はこうなると止められないのだ。何だか真剣な面持ちでそのまま走り去ってしまった。あまりにも一瞬の出来事だったので、私は唖然とするもしばらく経ってからようやく事態がつかめてきた。要するに長太郎は私の靴擦れを気にするがゆえにアクセサリーショップを早く出て手当てをしようと思ったのだ。だのに、私は絆創膏すら持っていない。気の利く長太郎はすごいなぁ、と天を仰ぎながらぼうっと考えていると駆け足で彼が戻ってきた。


「濡れたティッシュだけど、血を拭き取るのにマシかと思って。我慢してね」

「ううん、長太郎ありがとう。絆創膏も」

「こんなのお礼を言われるほどのことじゃないよ。彼氏なら彼女の体調を気遣って当たり前だから」


こんな人前でひざまずいて、しかも恥ずかしい台詞をさらっと言いのけるなんて……。流石私の彼氏様々。


「本当はの靴擦れが気になるから、抱えて行きたいところなんだけど……」

「抱えるって……?」

「こうやって……お姫様抱っこっていうのかな?」


彼氏様々だけどそれは流石にやめてほしいです。と私は真剣に長太郎の提案を却下した。長太郎は私をこれ以上歩かせたくないみたいだったので、少し不服そうな顔をしていたがこんな外でお姫様抱っこしてもらうなんてそれこそ本当に私はどこの国のお姫様だっていう話になってしまう。


……こんなところでだけど」


私は長太郎が少し照れたような困ったような顔をして再びひざまずいた。彼がしたいことがなんなのかイマイチ汲めず、絆創膏の他に気になるところがあるのかな?なんて思いながら屈んでより近づいた距離にいる長太郎の顔を見つめた。眉が下がっている表情もまた可愛いなぁなんてのんきなことを思いながら。


「これはいつも一緒にいてくれてありがとう、の印だよ。勿論が大好きってことだけど……。感謝と愛を込めて君にこれを送りたいんだ」


長太郎はそれこそ私が本当のお姫様かのように左手を取り、薬指にスッと指輪を着けてくれた。私は突然の出来事の為頭が追いつかず、はめられる指輪の感触とその輝きにゆっくりと瞬きを繰り返す。それは長太郎がいつもつけているネックレスと同じようなクロスのモチーフの指輪で、真ん中には綺麗な石がはめこまれていた。まぬけなことに口がぽかんと開いてしまい、潤んでいた瞳から一筋の涙が流れる。それを見た長太郎は私が泣いたとの事実にあたふたとうろたえ始めた。


「嫌、だった……?」

「違うよ長太郎……、なんで、何でアクセサリーが欲しかったって分かったの?それも……」


それも左手の薬指に。長太郎は私の言葉を聞いてほっと胸をなでおろして、満面の笑みで答えた。


「俺たちまだ十四だけど……とはずっと一緒にいたいし、前に俺のネックレスのクロスが好きだって言ってたの思い出して。あの、が気に入ると思ったんだけど……どうかな?」

「最高の彼氏じゃん……、もー……!私これ以上何もあげられないよ……!」

は俺の傍で笑っていてくれればいいよ」

ね?とはにかみながら私への最高の殺し文句を並べる彼。嬉しすぎて言葉にならない私を見て慈しむように彼は私の頭を撫でてくれた。高い背を私の目線までおろしてくれて一緒に眺めていく風景。少し赤く火照った彼の顔を見て小さく微笑む。私だけがいつまでもこんなに長太郎のことを好きなの?なんて愚問だった。この指輪のクロスに誓って、貴方を愛し続ける、続けられたらいいなぁ。長太郎の手を再び取って、一緒に歩んでいく私達の物語はまだ始まったばかりだった。