生きた心地がしなかった。あなたとお別れをする、と決めてから胸の奥のわだかまりはきゅうっとわたしを絞めあげる。弱いわたしが悪いの。あなたを苦しませたわたしが悪いの。だから身勝手なわたしを許して、そんなことを上辺だけでいう。幸せになりたいけど、君といると幸せになれない。どうして君を受け入れることができないの?身体的な病気を抱える精市に対してわたしは精神的に、病床に臥せていた。


「傍にいられなくて、ごめんね」


そんな言葉を何度聞いたか、精市はいつも辛そうにわたしに笑いかけるだけ。わたしこそうまく支えられなくてごめん。わたしはいつもそう謝罪をする。そんなことないよ、という言葉が返ってくるというのを知っていながらも。

どうなればいいかも分かっていて、でもそれはわたしの叶わぬ願いか、わたしが強くなるということの二択で、足踏みしてた。君のその辛そうな顔、わたしは文字通り見ていられなかった。わたしの傍にいられなくて申し訳なさそうな顔をしている精市を、わたしは辛くて辛くて見ていられなかった。


今を生きたくないと思った。どうしてあなたなの?そんな風に責めたくなる時もあった。白い病室の中であなたを苦しむ姿を見る度にわたしも苦しんだ。どうして傍にいてくれないの。論理的に思考回路は働こうとしても、心は頷くはずがなかった。


別れこそ辛いと知っていながらも、傍にいてくれない辛さから逃れるために君に別れを告げた。


「わたしたち・・・別れよう」


精市は眉を顰め、一瞬懇願するような表情を見せる。いってほしくないのだと、悟った。けれどすぐに目を伏せ、涙を一滴頬に流す。


「今まで、辛い思いさせてごめん」


愛してた、ずっと愛してた。愛してた・・・あなたを。でも今はその想いが重荷になることが怖い。あなたを責めさせるわたしが怖い。君のために別れる、だなんてそんなのはうそ。わたしが辛くて逃げたくて、あなたを忘れたくて。治らない病気を治してわたしの傍にいてだなんて酷で伝えられなくて。わたしはあなたにエゴを押し付けることを拒んだ。だから、お別れしよう。


君がいない日々、わたしは君のことばかり考えた。夢にも精市が白いベッドで横たわる姿が浮かぶ。今まで美しいと思ったシーンを切り取って、思い出に変えるように。食事をするのも嫌になって、君のことしか考えられなくなった。別れを告げたのはわたしなのに、辛いのはなんでだろうね?逃げたくて、逃げたくて君を手放したのに、どうして心には穴が空くばかりなんだろうね?


夏の始まり、体重は6キロも落ちていた。体力も落ちて、真夏の日差しが身体に毒になっている気がした。ああ、君はまだあのベッドで外を憂いながら見つめているのだろうか。ぼんやりと別れの時のことが脳裏に思い浮かぶ。涙はもう、枯れた。辛いという気持ちも忘れた。でも、心は空虚で、身体はずんと重い。


未だに生きた心地はしなくて、温もりなんかも記憶の彼方の感触だった。心臓は冷たく、機械的にわたしの身体に冷たい血を巡らせている。この世界に美しいと感じられるものは君といるわたしという思い出だけで、野に咲く花々は目障りでしかなく、小鳥達のさえずりは耳障りだった。


何も変わるはずのない、雨上がりの道。曇り空から差し込む光、雨上がり特有の匂い、わたしの全て好きなものだった。バシャバシャと足音だけが鳴り、足元が濡れるのも構わずに歩いた。下をむいて、水たまりを覗いて、自分の痩せた気味の悪い顔に余計顔を顰める。バシャ、とわたしの目の前にある水たまりが揺れ、歩む音が止まる。ゆっくりと顔をあげれば、そこには変わり果てたわたしを見て、精市が悲しそうに微笑んでいた。


「ただいま、


それだけでわたしの世界はよみがえる。雨上がりの匂いも、キラキラした空の光も、野に咲く花も、小鳥のさえずりも、あなたがいるからこそ、全てが美しい。精市、あなたが。


「おか・・・えり」


それだけ言って涙を流すわたしを、そっと抱きしめて包み込んでいるあなたがいるから。この冷たい心臓はまたわたしに温かい血を巡らせる。弱いわたしに君といる資格なんてないのかもだけれど。


「一緒に・・・いたい」

「ああ・・・これからは、ずっと」


君と。