気だるさを感じたまま目が覚めると、馴染みのない柄のカーテンが目に入ってきた。意識があまりはっきりしない自分の頭を起こすと、そこには馴染み深い友人が横たわっている事に気づく。健やかに、寝息を立てて。わたしはこの事態に働かない頭で思考を巡らす。冴えてこない思考で、じんわりとかいた汗に不快感を覚え自分の姿に目を覚まさせられた。完全に服を着ていない、わけではなかったけれど肌着のキャミソール一枚に下は何も履いていない。隣で眠る友人にわたしは昨日の事を頭を痛めながらも回想する。ああ、そうだ。侑士とわたしは昨晩遅くまで飲んでいた。くだらない男に傷ついたわたしに慰みの盃。終電を逃したと分かった時点で躍起になって、そのまま飲み続けたんだ。わたしとしたことが、やってしまった。・・・・・・しかしこの男は無神経にもぐうすか寝ているものだ。侑士とわたしは高校からの腐れ縁のようなものだった。クラスがずっと一緒で、高校の頃は委員会が同じで少し話す程度。大学に上がれば、同じ授業を取る事も度々。趣味は合った。だから嗜好も似ていたんだと思う。大学の頃に出来た初めての彼氏の事で侑士に相談に乗ってもらっていたりしていた。侑士に彼女が出来て、わたし達は恋愛話に花咲かした。勿論惚気だけでなくって、愚痴を言ったりもしていた。大学の食堂で喧嘩した後の話だってよく聞いてもらったりしていた。そう、侑士はわたしにとってそんな人だったのだ。それが何がどうしてこうなってしまったのだろうか・・・。わたしは異常に喉の渇きを感じ重い体を起こす。侑士の家、そういえばわたしが来るのは三度目だ。一度は終電を逃した時に上がらせてもらって。二度目は侑士が彼女と別れた一週間後に熱を出した時のことだ。わたしと侑士ってどういう関係だったんだろう。寝てしまった後は、もうただの男と女なのかな。そういえばわたし達は男と女だった。けれど侑士にそんな事意識したことなくて、侑士はただわたしにとってそこに『ある』ものだった。昨日までは。 「、起きたんか・・・」 「ああ、うん。何か飲みたいと思って。お水もらっていい?」 「あー・・・ええよ。水なら冷蔵庫にペットボトルがあるから・・・・・・」 低く掠れる侑士の声。あまり聞いたことのない声にドキリと心臓は脈打つ。侑士も男。男だからわたしと寝られる。そして彼と寝てしまったわたしなのに、普段のような会話を繰り広げるわたしたちは滑稽なのかもしれない。侑士は寝起きの目覚めない頭で、なんとかベッドから這い出る。ぼーっとわたしがコップに水を入れ、またベッドへと腰掛けるといきなり大声を出した。 「なっ、自分なんちゅー格好しとんのや!!」 「え、ああ、下履くの忘れてた」 「ああ、じゃあらへんやろ・・・はあ・・・ほんま俺を何やと思ってるん」 「何って・・・」 侑士は侑士だけど。侑士の言いたい事は分かる気もするけど。わたしは開き直ってしまっていた。侑士と寝た事実が自分の弱さを認める事となる。雰囲気に流されただなんて言い訳しない。けれどなるべくしてこういう展開になったんだろうな、と水を飲みながらぼんやりと考える。 「何でいつもは・・・・・・俺だけいつももがいてカッコ悪いわ・・・」 「いつ侑士がもがいたの?そんな事あったっけ?」 わたしは侑士が項垂れる姿に近づいた。けれど侑士は怒ったようにそっぽを向いた。侑士の姿は拗ねた犬のように見えた。ボサボサの長髪に、高校の頃より少し伸びた背丈。少し可愛いなと、思ってしまった。 「触らんで」 「ごめんごめん・・・何怒ってるの?・・・昨日の事?」 「言わへん」 こうなると侑士は面倒臭い。構ってちゃん全開なのだ。長年の付き合いだからよく分かる。わたしがのっぴきならぬ理由で遊びに遅刻した時にもこういう風に怒られた。侑士をおだてていい子いい子、ってしないと機嫌を直してくれないのだ。そんな大きい子どもなのだ、彼は。 「ね、侑士。侑士のこといつでも見てきたよ?こんなに長い付き合いじゃない。侑士が何に苦しんできたのかわたしがわかってないから怒ってるの?」 「・・・・・・せや」 「ごめんね、侑士。ごめんね」 この大きい犬をわたしは抱えるように抱きしめた。侑士は触らんでとか言っておきながらわたしの胸におとなしく収まる。彼のあちらこちらに跳ねている髪を優しく撫でつける。 「ほんま何とも思ってへん男に何でこない事すんのや・・・・・・」 「え」 「俺はやっとの思いで自分を家に連れてきて、慰めて・・・で、俺と寝た事は何もなかったようにするが分からへん」 「ちょっとちょっとちょっと、話がよくわからないんですけど」 侑士はわたしの胸から顔を上げて欲情に目を光らせた。わたしは昨晩の朧気な記憶にある侑士の激しさを思い出す。侑士が目覚めて昨晩の思い出が鮮明になる度に、わたしは動揺していた。 「せやから・・・自分は超無神経って事やな。ええ加減にせえよ」 歯を剥きだしにして、わたしを覆いかぶさるように押し倒す。ええと、つまりはどういうことだ。 「侑士・・・・・・自意識過剰にはなりたくないんだけど」 「なったらええよ」 「わたしのこと・・・・・・好き?」 侑士はわたしをしばらく上から見下ろすとまた起き上がった。バツが悪そうに背を向けて、また先ほどのように項垂れる姿勢をとる。 「気づくのに何年かかってん・・・・・・ドアホ」 「何年って・・・・・・いつからよ」 「カッコ悪いついでに言わせてもらうけどな、高校の頃からやアホ!」 侑士はフン!と鼻息荒くし、勢いよく立ち上がる。侑士はボクサーパンツをちゃんと履いていたので、わたしは目を逸らす必要はなかった。そのままドスドスと足音を鳴らし風呂場へと消えてしまった。わたしはポツンと残され、先ほど侑士に言われた事を頭の中でゆっくり反芻する。ああ、そうなのか。だから侑士は怒ったのだ。急いでショーツを履き、風呂場のドアをノックする。 「ごめん、侑士・・・・・・気づかなくて」 返事はザアアっと流されるシャワーの音のみ。 「ねえ・・・・・・侑士?」 もう一度ノックしても不機嫌なシャワーの音しかしない。わたしは侑士の身勝手さに少し苛立ちさえも感じていた。わたしだって肌がベタつく不快感が嫌なのに。勿論、無神経過ぎるわたしに腹立てるのもわかるけれど、言ってくれれば良かったのに。 「侑士!」 わたしは風呂場のドアを勢いよく開けると、侑士の裸体が目に入ってきた。昨日のことを鮮烈に思い出してしまい、わたしは一瞬固まったけれど侑士に引きこまれた。 「ちょっと侑士・・・」 「やかましわ・・・自分が悪いんやろ大体人がシャワー浴びてる時に入ってくる無神経さには呆れたわ」 「だって・・・・・・侑士があんな事言うから」 「少しは考えてくれへんの?」 「・・・・・・だって嫌」 「・・・・・・何が」 わたしはシャワーを浴びている侑士に抱きとめられたまま俯いた。侑士の顔が見られない。 「こんな・・・順序が逆じゃん」 「・・・・・・・・・ごめん」 侑士はぎゅっとわたしを強く抱きしめる腕に力を入れる。ああ、侑士はいつだってそうだった。わたしは言葉をもらわないと分からない人で。でも侑士はきっと何も知らずに笑うわたしに言葉を紡げなくて。 「でも・・・・・・ありがとう」 わたしは侑士の頬に口づけると、わたしは穏やかに微笑んだ。侑士は、何も言わずに目を細めた。生温かいシャワーの温度を感じながらわたし達は、静かに口づけを交わした。 |