あの人と喧嘩するとぼろぼろぼろぼろ、と大粒の涙を流すんだ。それはもう、苦しそうな嗚咽をあげて。大きい声を上げて子どものように、それは甘えたような、俺を責めるような、そんな声だ。年上だっていうのに、彼女の泣く姿は大人気ない。だが、そんな彼女を泣かす俺はもっと大人気ない。電話越しに、肩を震わせながらベッドの上で涙を流す彼女のちいさな姿を思い描く。
「一旦切りますよ」
の返事を聞く間もなく、俺はケータイの通話を切る。まだ秋と言えど、夜の外は寒い。コートを羽織り、部屋を出ようとした。けれども何気なく目に止まった、机の上の薄紅色の飴玉に目を奪われた。俺は何を思ったのかそのプラスチックに包まれた甘い物体をコートのポケットに入れる。本当に、ただ何気なく。学園へと続く道とは反対へ向かい、夜中の寂しい公園を横切る。ブランコが風に煽られてキィ、と音を立てていた。吐息はほんのりと白く染まり、手がじんわりと寒さに浸される。ポケットに手を突っ込み、足取りを早める。ケータイが小さな振動を起こす。通話ボタンを押し、目の前の彼女の家を見上げた。
「降りてきてくれませんか」
「えっ・・・?あっ、若?!」
彼女は窓越しに待ってて、と大声を出し(夜中だというのに)ケータイはぷつんと切れてツーツーと無機質な音を出す。寒さにかじかみながら待つと、彼女は息を切らしてすぐに玄関から出てきた。
「もっ・・・、若、急に電話きるから・・・はぁ、」
「はぁ、あなたって人は・・・。寒いのになんでパジャマだけで出てきたんですか」
俺は自分の着ていた薄手のPコートを彼女に羽織らせる。我ながらなんてキザで恥ずかしい行為かとは思うが、寒さで手を擦り合わせ泣いたせいか鼻を鳴らす彼女を見てそうしないわけにはいかない。そんなことを思っていると、一度また彼女は目の前でしゃくりあげながら話し始めた。
「もうっ、きらわれたって、おもって、若の・・・・・・ばかぁ」
「ばかはあなたですよ」
そんな彼女を心底愛してる、俺も相当なばかだけど。俺はふと思いだし、飴玉を取り出した。彼女にそれを差し出すと、未だ涙を流しながらきょとんとした顔で受け取る。
「こんなに泣いて・・・。明日目が腫れたらどうするんです」するとは何か言いたげな顔をしたが、俺はその大粒の涙に、口づけた。
「こんなに泣かせて、・・・すみませんでしたね」
その飴玉は、街灯の光にキラキラと輝いていて、すこししょっぱかった。