「午後のの任務はルードとの社長の護衛だ。取引先の社長のご子息の結婚披露宴に出席なさるのでそれに同席してくれ。身なりは社にあるドレスを着るか各自で手配しておきなさい。あまり華美なものは控えるように。ついでを言うと社長は白のスーツを着るそうだがそれに見合うものにして頂きたいとの要望があった。レノ、イリーナそして私も別件の護衛で出席する。以上だ。」 「ツォンさんツォンさん私白に似合う色なんてわかりません」 「白は基本何でも似合うがそうだな、でいうと暖色系のやさしい色遣いが似合うだろう」 「じゃーパステル系がいいですかねぇ・・・ツォンさんはどんなスーツ着るんですか?」 「・・・秘密だ」 「えー教えてくださいよぅ!」 「それよりも、隣に積まれた書類のことだけを考えろ」 ツォンさんは冷たく言い放って仕方なく私は今の現状を思い出してみる。デスクの両サイドには大量に山積みにされた書類が。しかもこれのどれもがレノの仕事だ。私だって明日宝条の護衛だったり一昨日なんて夜勤で十分に寝てないし、なのになんで私がレノの分の仕事を!もともとレノのデスクワークの出来なささっぷりには私もほとほと呆れていたけどそれならそれで私に全て回ってくるのだ。イリーナは私が目の下にクマを作っていることを心配してジェルのアイマスクをプレゼントしてくれたし、ルードが私のためにコーヒーを淹れてくれる回数がレノの分の書類を片付けている日に限って増えるしなんかみんなに気遣いさせてる私も私でイライラしちゃうし!ってゆーかそもそも私、今日誕生日なのに任務に社長の護衛なんか入っちゃったし、ツォンさんは相変わらず素っ気無いし。今頃どっかで返り血なんてひょいひょい交わして飄々と任務をこなしているレノの姿が目に浮かぶと叫びだしたくなる。でもそんなことしたらルードがおろおろするし、ツォンさんもここぞとばかりに泣き出す私を優しく宥めるし(これはオイシイけど)イリーナはインクを書類にぶちまけるのでしない。っていうかできない。それよりも私、誕生日なんですけど。誰も祝ってくれないんですけど! 「どーしたんですか、先輩。浮かない顔して」 「私ったらなんでこの世に生まれてきちゃったのかしら、と悲壮感に浸ってて・・・」 「もーそんなこと言わないでくださいよ!護衛っていってもおいしいもんいっぱい食べられるんだし」 ぽん!と軽快に叩かれた肩が重い。まぁその後は私もイリーナときゃーきゃー言いながら社のクロークでドレス選びをしたけど楽しかったのはその時だけで、まだ半分の終えていないあの大量の書類を思い出すと吐き気がした。社長の護衛、それもお偉いさんの結婚披露宴なんて気を遣いまくって疲れるだけだし、料理だって満足にも食べられない。 「ルードと私が組むのも久しぶりだねぇ」 「・・・そうだな」 「大体組むとしたら私とレノの場合が多いし、ルードが出る時私は待機組だもんね。はぁ・・・(またあの書類の量思い出しちゃったよ)」 「帰ったらレノの分の書類、手伝おう」 「えっ?ホント?」 「本当だ」 ルードは運転しながら微かに笑む。私が疲れてるの知ってて運転だって引き受けてくれたんだ。うーん、やっぱりルードって優しい!外回りだけやってきて事務仕事は全部私にやらせる誰かさんと大違い!私は車から降りてレースをあしらったスレンダーラインの落ち着きのあるベージュのドレスのすそを直す。もともと私はあんまり派手な色とかデザインは好きじゃないし、楚々とした感じのドレスぐらいがちょうどいいんだ。胸元はそんなに開いてないけど脇が見えるのはさすがにちょっと嫌なので同系色のショールを羽織っている。まぁ服装のことでずっと浮かれていられる年頃でもないので、ただ気が重いだけだ。名簿に名前を書いた後そんなことを悶々と考えていると先を歩くルードがホール扉の前で立ち止まった。 「ルード入らないの?」 「・・・レディファーストだ」 ルードは重そうな扉の豪奢な金の取っ手を引いて私に先に入るように促した。 「ありがとうルード、レノにもあなたの爪の垢を・・・」 私はそういいかけたところで目の前の光景に黙らされてしまった。なんといってもばかでかいホールに空席じゃないテーブルがたったひとつ。しかも中央にはすでにイリーナ、レノ、社長、そしてツォンさんが待っていたのだ。 「え、え、ここ会場じゃ」 「そうだぞ、と。何うろたえてんだ」 「先輩たちも早く席についてくださいよ!」 「せっかくホテルのレストランを貸しきったのだからゆっくりしてでもかまわないだろう」 「そういうことだ、座りなさい」 私は混乱する頭を抱えながらよく考えてみる。これは社長の護衛で、え?結婚取引先の、違う、取引先の結婚相手が社長なんだっけ?いや違う、あーもーなんかわけわかんなくなってきた! 「お前まだ状況つかめてないのかよ?」 「今日は護衛じゃないの?」 「きってのお願いで護衛をしたいというなら私はかまわないのだが」 ああ、社長が色目使ってる。この人は前からあんまり得意じゃないんだけどどうしてか私、気に入られてしまっているらしい。心なしかツォンさんが社長を威圧しているような・・・っていうかそれうぬぼれ!自意識過剰!っていうかえーと、とにかくこれは 「言うのが遅くなってすまないが・・・誕生日おめでとう」 「先輩誕生日おめでとうございまーす!」 「男作らねーうちにまたひとつ老けたな」 「誕生日おめでとう」 「誕生日おめでとう。、今日は無礼講だ。私に気遣いなく楽しんでくれ」 私はみんなの顔を一人ずつ見ていったけどみんなニコニコ、(ツォンさんとルードと社長は微笑んでたけど)笑ってて、もうなんか帰ったら大量の書類とかレノの嫌味とかどーでもよくなっちゃった。私がちょっと涙ぐみながらお礼を言うとレノが頭を小突いて小さい箱を取り出した。 「俺とイリーナとルードからだぞ、と」 「うっそだぁ、レノがあたしに物買うなんて!」 「お前・・・返せ!」 私はレノからプレゼントを死守するとぐちぐち言うレノをよそにイリーナとルードにお礼を言って開けていいか尋ねた。お許しが出たので開けてみるとそれは小ぶりなダイアモンドがみっつ連なっているしゃれたピアスだった。そうだ、この前私がピアスなくしたって喚いてたから。 「私からもだ、」 「えっ、しゃ、社長そんな、恐縮です・・・!」 「いいんだ、年に一度の君の誕生日、私にも祝わせてくれ」 社長は少し大きめの紙袋をなんと手渡しでくれると何度も頭を下げた。うっそ、社長からもらえるなんて思ってもみなかった!ちょっと苦手とか思ってたけど、正直うれしい。開けてみろとのご指示があったので遠慮なく開けさせていただきまーす! 「うわぁ・・・!」 中には私の一ヶ月のお給料と同じくらいの値段であろう、ドレス一式!しかもボレロも、靴も、アクセサリーも全部そろってる。肝心のドレスは上質の布地で、それに細かく宝石が、青と緑が混ざった布地とまったく同じ色の生地に散りばめられていた。 「パライバ・トルマリンだ」 「ぱらいばとるまりん・・・」 「パライバ州でしかとれない貴重なトルマリンだ。お気に召していただけたかな?」 「は、はい!こんなにすごいもの・・・本当にありがとうございます!」 本当に社長のセンスってすごいなぁ。私はうっとりとドレスに見入っていて、その後は運ばれてきた料理に舌鼓を打ち談笑を楽しんだがワインを飲みすぎて最中にわたしがトイレに立った時ツォンさんが私の後を着いてきた。ツォンさんもトイレかな。 「ツォンさんもトイレですか?」 「いや・・・そのだな、」 ツォンさんがしばらく黙るので私は小首を傾げながらツォンさんの次の言葉を待つと心なしか頬が少し染まっている気がした。 「お前に何をやればいいか分からなくて、その代わりといっては書類の処理を私に任せてくれないか」 私は目を丸くしてそわそわしているツォンさんを覗き込んだけどすぐに笑い出してしまった。ちょっと、ツォンさんかわいいかも。あ、そうだいいこと考えちゃった。 「じゃぁ一緒に今日残業しましょう、ツォンさん」 「一緒にか?しかしそれでは」 「いいんです、二人でやった方が早いですし!」 それに二人っきりになれるし、ね。私とツォンさんが戻ってきた後イリーナはなにやら少し項垂れていて社長はなぜか不機嫌だった。レノ一人だけいやーにニヤニヤしていて、でも今日はピアスに免じてっていうか別に怒る気にもならなかった。だあってこんな素敵な誕生日なんだもんね! その夜ルードの手伝いを断った私は晴れてツォンさんに告白される、という大団円を迎えることになった。次の日に、レノに「俺のおかげだぞ、と」と散々言われたけど、別にいい。ツォンさん、だーいすき! |