薄暗いランプに鞣し革のソファーの古い喫茶店に、待ちぼうけをくらい濃くて熱いミルクティーがわたしの喉元を流れる。 暑い夏の日に、わざわざ待ち合わせをしたっけ。蓄音機にレコードがかかり、名も知らぬマグルの曲が流れる。 詳しくはないのだけれど、これはジャズという音楽だったかしら。

爽やかな風が窓から吹いて、 この小さく古い避暑地にいるわたしは夏休みに外でボール遊びする子ども達の笑い声に、 笑みをこぼした。泉から溢れる涼し気な水の音。こんなにも平和で穏やかな時があっていいのだろうか。

青々とした緑が、その辺一体の健康さと美しさの象徴であるかのように揺れていた。 手元にランプの薄橙の色が映る。 わたしは、何も知らずにミルクティーを啜っていた。

そう、わたしはあの人を待っていた。わたし達はひとつ屋根の下に住んでいた。 死喰い人の魔の手も伸びないような、秘密の魔法が施された小さなフラット。 けれどわたしはたまには、と言い誰にも目につかないような場所で約束をした。

半時、まどろみながら腕時計を目の端でちらりと確認する。 約束の時刻から随分経っていたがわたしには焦りも心配もなかった。 初めから遅れるつもりで、約束の時刻を決めたのは知っていたから。

この美しい穏やかな時に添えるように、チリンと、扉が開く際のベルが鳴る。

夏の風が舞い込んで、わたしは振り返る。彼は息を切らして、じっとりと汗を額に浮かべながらバツが悪そうに笑っていた。 わたしは、少しふてくされたような、不機嫌な顔をして彼が謝罪の言葉を口にするまで許さないのだ。

また会えると、すぐ彼に会えると、そんな風に疑ってやまなかった時代。 闇の魔法が、手をすぐそこまで伸ばしているとは気づかずにいた時代。 わたしがあまりにも若かった時。 わたしが、一番美しく浅はかだった時。

リーマスが貸してくれた蓄音機から流れる曲にわたしは思い出す。 夏のあのひととき、ホグワーツを卒業してからのほんの数年。 陰鬱なこの屋敷に取り残されたわたしは彼のベッドにかしずく。 わたし達のいた寮を思い起こさせる、紅いシーツに涙の染みがポツポツとできる。

「いつまでもそんな風に悲しんでいては意味がないよ」

古い友人の声はわたしの胸を縛る。手の甲に落ちる冷たい雫は、何の意味も成さないのだ。 わたしの心の悲鳴は、もう彼に届かないのだ。

彼の灰色の瞳がわたしを映す時は過ぎ、黒々とした髪に口付ける瞬間もない。 彼が薄い唇でわたしを語ることもないし、太くて傷だらけの指でわたしの肌を撫でることもない。 わたしを見下ろして、ガラスのようにわたしを扱い抱擁する背の丈も、もうわたしの隣にはいない。

朝の日差しを迎えて、あなたの温もりを感じて目が覚める日々も二度と、ない。

「またすぐ会えるよ」

別れを名残惜しんで、駄々をこねる子どものようなわたしに、優しい眼差しと言葉で慰めてくれたあなた。 一緒に住んでからも、いつもその言葉で励ましてくれた。

「またすぐ会えるんだよね……シリウス」

魔法の言葉のように、一人呟く。 何の慰みにもならないけれど、一人シーツに埋もれた。
死の香りが誘うがままに、シリウスに逢う甘い夢を見るために。