談話室にポツリと置いてある憎たらしい小さな紙切れ。これもそれもどれもみーんなシリウスのせいなのだ。こんな穏やかな陽が差している日曜の午後、生徒たちは自分たちの時間を有意義に満喫している。しかし、わたしはそうじゃない。前回の小テストで惜しくも一点差で負けたときの屈辱を今、わたしは受けている。口をへの字に曲げて、お喋りやお茶に夢中になっている女の子たちの横をすごすごと通り過ぎ、机の紙切れを掬い上げた。












指令その一、この本を図書館の棚にかえしてくる。












彼特有のすらすらっと伸びた字がわたしに指令を出す。あぁ、いやいや。面倒くさい。ノートの端を引きちぎったような紙切れの横に置いてあったのは厚い本が2冊。さすが、秀才が読む本は違うなぁと関心しつつもこんな重い本を女の子に持たせるだなんて紳士の欠片もないやつ。大体レディーには優しくしなきゃいけないってことをあの無機質お坊ちゃまはお家で習わなかったのだろうか。わたしは口の中でもごもごと文句垂れていると眼鏡をかけていつも以上に気取った顔をした男が談話室に降りてきた。




「あれ、今から図書館?」


「うん、まぁ。ジェームズは?またリリーでも探してるの?」


「そう、それなんだけど!!エヴァンズがどこ行ったかは知らない?」


「あーごめん知らないや。でももしかしたら裏の庭にいるかもしれないよ、今お花育ててるって言ってたから。」


「そっか、分かったありがとう!裏庭裏庭〜!」




ジェームズは鼻歌まがいに裏庭、と連呼しながらスキップしそうなほど愉快な足取りで談話室へ出て行く。ごめんね、ジェームズ。とひっそり心の中で謝る。リリーがこの前今度ジェームズがリリーにモーションかけてきたらあの眼鏡もろとも顔面ガラスの破片と血だらけにしてやるって重低音の声で宣言していたから、ジェームズの為でもあるの。あぁ、わたしったらなんてお人好し。しかしそんなお人好しのわたしでも目の前にある本には腹が立つ。とりあえず指令、と銘打ってあるので従わないわけにはいかない。わたしはやる気のない足に鞭打って重い本を引きずるように図書館へと向かった。
























「あれ、?君も本借りに来たの?」



リーマスがこちらへにこにこ微笑みながら寄って来る。手には本が2、3冊抱えられていた。さすが本好きのリーマス、わたしが興味を持ちそうな本ばかり熟読している。




「あー、うん、まぁそんなとこ。でも今日はちょっと用があるからすぐに寮に帰らなきゃ。」


「ふーん。あっそうだ、この本すっごくいいよ。急ぐんだったら僕が借りておいて後で読むかい?」


「わ、ほんと?リーマス、やっさしー!アイツもリーマスを見習えばいいのに・・・」


「アイツ?あぁ、またシリウスと喧嘩でもしたの?」




くすくす笑うリーマスにわたしは違うっと妙に大きな声で反論してしまった。思わずマダム・ピンスが向かってくると思ったが、幸運なことにジロリと机の向こう側から睨まれることに留まった。ふぅ、助かった。とりあえず、本を返そう。本を棚に返そうと、印を見て棚を探す。あった、あった。比較的分かりやすい場所で助かった。その棚の開いた場所に本を返そうと思うと、そこに小さな紙切れが折りたたんで本棚に置いてある。わざわざここまで来たんなら自分で返せよ、チクショー!シリウスがわたしをからかうだけのためにわざわざここまで来て紙を置いていったと思うと腹が立ってくる。そんな面倒をしながらそこまでわたしをおちょくりたいのか。あの精錬された整った顔を思い出すだけでムカムカと虫が騒ぎ出す。ああー!!うっとおしい!!紙切れを素早く手に取り、本を綺麗に整列させる。四つ折りにされている紙切れを開くとそこにはまたあの彼特有の読みやすさ極まった字で、












指令そのニ、大広間の届け物を取りに行く。











と書かれてあった。どこまで人をこき使えばコイツは気がすむのか。わたしはふん、と鼻息を荒くしてそのまま大広間へと向かった。























最早怒りの加減も最高潮で、文句を言うにも呆れる。ずんずんと象が地団太するかのように大広間へと入っていったわたしはグリフィンドールのテーブルにぽつんと座っているピーターに会った。今の時間、大広間にいる生徒は極僅かで、宿題をやっているものもいればお菓子やお茶を楽しんでいる者もいる。




「あれ、ピーター何してるの?」


「あ、!良かった僕・・・ううん、いや何でもないんだ!」


「明らか、怪しいけど・・・ま、いっか。それにしても届け物って何だろ・・・」




わたしはグリフィンドールのテーブルの上を探すとそこに小さなパッケージがあった。宛先がシリウス・ブラックさまと書かれているのでこれに間違いない。不意に、ピーターの方を振り向くとどうしてか目が泳いでいる。すると彼の目の前に先ほどなかったあの紙切れが不自然に置かれていた。




「ピーター、もしかして、これ・・・シリウスに頼まれた?」


「うううううん!!僕、そんな紙切れ知らないよ、まさか!」


「そっか・・・アイツはピーターまでもこき使ってたのね・・・、何てヤツ!」




しまった、と言わんばかりの顔をして冷や汗を流しているピーターとは反対にわたしはふつふつと再び怒りが込み上げてくるのを感じた。しかし、今日はシリウスに逆らえない。紙切れを手に取るとぴっと紙が破れそうなほどの勢いで開く。そこにはこう、書かれていた。












指令その三、男子寮に届け物をシリウスさまに届けること。












シリウスさま、という言葉に余計ムカッときてその紙切れをその場でぐしゃぐしゃに丸めて放ってやった。相変わらずおどおどしているピーターに先ほどとはあからさまに明るく素っ頓狂な声で声かける。




「ピーターの仇はわたしが取ってあげるからね?」




するとピーターはそんなの・・・と口をまごつかせて言うが、どうもはっきりと返事が出来ないらしい。わたしはピーターに別れを告げてそのまま荷物を抱えて全力疾走で寮へと向かう。普段は運動のため、と言って使わない隠し階段を駆使してわたしは寮へと数分で辿り着いた。しかし皮肉なものだ、この隠し階段は全てシリウスが教えてくれたもの。けれどそんなことは今のわたしの頭にはなく、先ほどの十倍は鼻息を荒くさせて男子寮へと乗り込んだ。























「シリウスーッッ!!!」


「お、遅かったな。」



シリウスはベッドに寝転んでいてバイクの雑誌を読み漁っている。よほどお気に入りの雑誌なのかところどころ擦り切れていた。しかし今はそんなところではない。持っているパッケージを握りつぶしそうな勢いでわたしは彼を睨んでいた。



「女の子にあんな重い本持たせて、わざわざあんな遠い大広間まで使わせて、ピーターまでこきつかって、あんたはわたしをおちょくるだけのために時間を浪費するのか!!」


「まぁな。」




さらりと言いのけたシリウスはわたしの持っているパッケージを渡せと言わんばかりにひょいひょいと手を差し出している。こ、コイツゥ!!!ぶん、とシリウスにパッケージを投げてやると角がうまく彼の頭に当たったのかいってええとシリウスは大袈裟に頭を抱えた。はん、いい気味なもんだ。




「おめっ、ガサツな女だな!!」


「フン、何とでもおっしゃいなさい!!」




わたしはそっぽを向くとシリウスはあてて、と呟きながらむくりと体を起こした。わたしはそのままシリウスから顔を背けていると、背後からがさがさと言う音が静けさのせいかやけに滞った空気に響く。




「指令その四、」


「ちょっと!3つだけ言う事を聞くんじゃなかったの!」


「は?お前ちゃんと紙見なかったの?」


「紙なら大広間に捨てたわよ。」




何でだよ!とシリウスは文句を言い、傍の棚にあった杖を掴んで一振りする。ぐしゃぐしゃに丸められた紙がびゅんとわたしの隣を横切ってシリウスの手に収まった。あーあ、ぐちゃぐちゃ、とほざいているシリウスをよそにわたしは苛立ちの意味を込めて貧乏ゆすりをする。



「ほら、ちゃんと見てみろよ。」



シリウスに手渡された三つ目の指令の紙、小さく隅に文字の羅列が流れている。












もう一つ指令を追加するのでそれに素直に従う。












「は?!こんなの反則じゃん!!」


「指令は指令だろ!公正な勝負で負けたんだから、は指令に背く権利はない!」




シリウスは自信満々に言ってのけるとわたしは口を尖らせて抗議する。しかしシリウスはそれを知らんぷりしているようで、そのまま次の指令をわたしに言い放った。




「指令その四、シリウスさまにキスする。」


「・・・・・・はぁ?」




わたしがあからさまに嫌そうな声を出したので少し頬を赤らめてたシリウスもなんだよ、と機嫌悪そうに呟く。いま、シリウスは何て言ったの?




「お前が・・・嫌なら俺からするぞ。」


「えっちょ、待って・・・・・何それ!」


「だから、キス。」




とんとん指先で唇を示すシリウス。わたしは熱が顔に上るのを感じて思わず頬を押さえる。キ、ス?わたしの脳内がぐるんぐるんにかき回されていた。先ほどの怒りと鬱憤はどこにいってしまったのか。どんどん近づいてくるシリウスに、わたしは指令でもないのに逆らえない。体が、完全に固まりきっている。






ふわり、とシリウスの匂いが鼻孔をくすぐる。柔らかいけれど、少しかさかさしたシリウスの唇が当たってわたしは全身がむずがゆくなった。





するとぼふっと体が勢いよく反転されて、ベッドにわたしは転がらされた。この状況、言わずともマズイ。どきどき、と不安とほかの知らない感情でわたしの心臓は狂ったように踊らされている。まずい、これは非常にまずい。




「シリウスは欲求不満なの・・・」


「は?」


「だからわたしをこうやってからかうんだ!好きでもない子にキスするんだ!」




初めてだったのに、と段々掠れてくる声と潤んでくる目。目の前にあるのは、本当にキレイな彼の目、鼻、唇、睫毛、顔の全て。間近にそれを見てしまうと、嫌でも目が離せなくなる。でも、こんなキスはいや。シリウスはいつもわたしを虐めるけど、いつもわたしをおちょくるけど、いつもわたしは彼に文句垂れているけど、いつもわたしは彼のことばかり見ていたけど。



「こんな時じゃないと、キスできないだろ・・・」




真剣な眼差しで、訴える。彼の顔はどこか切羽詰まっていて初めて見るシリウスの顔にわたしは驚きを隠せない。



「指令その四の続き、俺を好きになれ。」




じっと目を見つめる。すると潤んでいた目から水は引いていて笑いが喉の奥から込み上げてきた。




「あははははは・・・シリウスなぁーに言ってんの!」


「ばっ・・・俺は本気だ!」



そう叫んだ後わたしは頬が更に赤くなるのが感じた。体がカッと熱くなる。



「その指令は、無効。」


「・・・・・・」




シリウスはバツが悪そうな顔をして覆いかぶさっているわたしから退く。わたしもむくりと起き上がってふふふ、と柄にもない笑い方をする。シリウスは奇妙にそうにわたしの顔を見つめた。




「だって、わたしもうシリウス好きだもん。」


「・・・・・・え」


「だから、その指令は無効!さっわたしは寮に戻るから。」


「おっオイ!」




わたしはさっさと部屋を出て行こうとすると慌ててわたしの肩をシリウスは掴む。でも振り向いて顔を近づけてやった。シリウスは驚いたのか、その気だったのか、さっと目を閉じてしまったのをいいことに、わたしはそのおでこにバッチイィンといたそーなデコピンをくれてやった。




「わはは、ばーか!」


「いってぇ・・・こら、待て!」


「その指令、聞くには特別な条件があるから、その条件克服するまで聞いてやんなーい!!」




わたしは大声で背後に向かって叫んでやる。足は自然と駆けていてけれどくっそーと小さく言う彼の言葉は耳から逃がさない。そう、彼の最後の指令には条件がいる。それもこれもどれも、簡単な。けれどちょっと惜しいことしたかな、と思いつつにやける顔は原型をとどめていない。でもその指令だけは聞いてあげらんない。どれだけ頭を下げたって聞いてあげらんない。














好きって言ってくんなきゃその指令は絶対聞いてあげないんだから!