帰宅直前に入ってきた、同僚のミスによる新しい案件を受けたとき、彼女には、今日はそちらへ寄れないかもしれないという旨のメールを送っておいた。 だが、予想外にも業務は俺の想像よりも早く終わり、今は会社の最寄り駅へと急ぎ向かっている。暖房のない屋外に放り出された身体は一瞬寒さに抗議するように皮膚を縮こまらせたが、その寒さも駅へ着くころには暑さへと変じていた。


駅構内に入る前に駅前の花屋で出来合いの小さな花束を一つ購入してから電車へ乗ると、急に大粒の雨が電車の窓をたたき始める。バチバチと音を立てながら窓にぶつかり後方へ流れていく水滴を眺めながら、焦って退社したせいで、折り畳み傘を忘れてきてしまったことに気づく。これでは彼女に会うときには濡れ鼠になること確定だろう。小さくため息を吐きながら、鞄のポケットに手を入れる。目的の感触が指に当たった。それを取り出すと、ポケットではなく鞄の中に入れ直す。傘がないのは、仕方がない。だが、今日はこれだけがあればとりあえずは十分だ。暗い夜空を切り取る窓に、少し緊張した面持の自分の顔が写って、呆れながら、視線を逸らした。


腕時計を確認する。彼女はもう風呂に入り、寝る準備でもしている頃か。雨が降る中気温も下がり、吐く息が白くなる中急ぎ足で彼女の家へと向かう。そうだ、メールをしておくべきか…。いや、でも濡れたまま携帯電話を取り出すのも億劫だ。それに少し驚いた顔も見てみたい。バシャバシャと水をはねるのも構わず足取りをどんどん早める。アパートの前まで着くと、急いで来た余裕の無さを悟られたくないと思い屋根の下に入り少し立ち止まり息を整える。馴染みのある扉の前に着くと、インターホンのボタンを押した。合鍵は持っているが、可愛い彼女の出迎えの方がいい。ピンポーン、と音が鳴ってしばらく。足音が扉越しに聞こえてくる。ガチャ、と鍵が回り扉が開かれた。そこには、やはり。驚き顔のがいた。


「わ、わ。ずぶ濡れじゃん!早く入って」
「ああ。悪いけどタオルくれないか」


は慌てた様子でタオルを取りに行く。俺は彼女の姿に目を見張った。薄手のグレーのタンクトップに、紺の水玉のショートパンツ。ルームウェアだろうが、そんな格好で他人を迎えようとしていたとは。俺はムッとしているとがぱたぱたと忙しなく大きなバスタオルを持ってきた。


半ば追いやられるように脱衣所に押し込められ、彼女の格好について矯正するタイミングを逃す。少々腑に落ちないながらも、しぶしぶシャワーを浴びた。ついでだとボディソープと使用して身体を洗うと、それが普段彼女から香ってくるものと全く一緒であることに気づく。今更のことではあったが、ほんとうに今更、こんな些細なことで感情を揺らされることを腹立たしく思いながらシャワーのレバーを捻って、泡を身体から落とした。


「若ー。タオル置いたから。あと着替えも置いとくねー?」


脱衣所から掛けられた声に「ああ」と返す。ぞんざいに体を拭いてから、シャワーを浴びている間に用意された服を着……なんだ、このキャラクター物の下着は。手にしたそれは、水色地に水兵服を着たアヒルのキャラクターが騒々しくプリントアウトされていた。溜息をつくとともに頭痛を覚えたが、他に着るものもなく、俺に残された道はただ一つだった。ついでに髪を乾かそうとドライヤーを探したが、見当たらずに仕方なく濡れた髪のまま首にタオルを掛けてリビングへ足を運ぶと、暖められた食品の良い匂いがした。俺が来てからの調理では間に合わないだろう。きっと俺が来る前から支度をしてあって、温め直したのかもしれない。だが、テーブルの上に皿は並べられておらず、なぜかソファにはドライヤーを手にした彼女が座っていた。何がしたいのか一瞬で理解してしまった己の明晰な頭脳を恨む。


しかし、のきらきらした目に逆らえるわけがない。普段だったら自分でやる、とドライヤーを取り上げただろうが、今日は着替えと夕食を用意してくれた彼女にそういうわけにはいかなかった。が手招きするまま俺はソファーの下のカーペットに座り、はソファーに座り上から機嫌よく俺の髪を乾かす。


「……楽しいのか?」
「うん。若の髪、サラサラなんだもん」


後ろを向いてるから分からないが、子どものような顔つきでにこにこしているんだろうなと俺は予想がついた。髪を解く手つきも優しく、気持ちがいい。しかし、俺は無言でよくわからないバラエティ番組を眺めるだけだった。短い俺の髪はすぐ乾き、はかちっとドライヤーの電源を切り立ち上がる。いそいそとドライヤーをしまいに行くを見て先ほどの事を思い出した。一体何て格好をしてるんだ、こいつは。


「おい。その格好…」
「ん?あ、ああ今日は誰も来ないと思って。上着るね」


俺の一言で察したのかは何事もなかったように白の部屋着のパーカーを着こむ。何だか惜しい事をしたような気もするが、そんなの後でだっていつだって見れるしな。は台所へ向かい、温め直した夕食を皿に盛り付け始めた。つぼ鯛の塩焼き、里芋の煮物にほうれん草のおひたしが食卓に並べられる。麸の入った澄まし汁に蕪の漬物もだ。ここに来るまで走った上にすぐ風呂に入ったせいかかなり腹は減っていた。俺は席に着くと、少し誇らしげな顔をしながらご飯を盛り俺の前へ置くに向けて「いただきます」と言った。


順番におかずを口に運んでいると、彼女の物問いた気な瞳に気づいた。


「そんなに見られると食べづらい」


あえて気になっているであろう事柄には触れずにそっけなく伝えてから澄まし汁を一口すする。きちんと出汁の味が利いていて、塩味は少ないが体の底から温まる滋味のある味わいに、麩の感触が歯と舌に楽しい。一人暮らしの台所でこれだけのものを用意する手腕も、用意してくれた気持ちもありがたいが、素直にそれを伝えてしまうのは癪だった。俺の反応に、態度で問うのは止めたらしく「美味しい?」と直球で訊いてきたので「悪くない」とだけ答えてつぼ鯛に箸をつける。


ほっくりと箸先でほぐれる身は噛めば噛むほど旨みが広がり、味付けも薄味の澄まし汁に対比した気持ち強めの味付けで、逆に煮物は甘味が優しく、交互に食べていると箸が止まらなくなりそうだった。そんな俺の返答でも満足したのか、満足げに笑んで何度か頷いている様子に、単純だなと少々呆れた。出されたものを全て平らげ「ごちそうさまでした」と告げると、彼女は「お粗末様でした。ちょっと待っててもらえる?」と答えて席を立った。台所へ行き、冷蔵庫で何やらごそごそと動いているのを確認してから、先ほどから渡し損ねていた花束を塗れた鞄と一緒に手元に手繰り寄せる。渡すタイミングを逃してしまっていた為、彼女に気づかれないように置いていたのだが、あの様子ならば問題ないだろう。彼女が戻ってきた時に渡すべく、手のひらに小さな花束をおさめた。


「ケーキ作ったんだ!今日記念日だから」


のその笑顔と差し出されたケーキに俺は少しあっけに取られて、花束を渡そうとした意気込みの勢いがなくなってしまった。が俺の手元に目をやると、俺は今が渡すチャンスだと思い花束を差し出した。


「ああ…ほら、これ飾ってから食べるか」
「え、花束?」
「…ああ。これ、チョコケーキか」


は目をぱちくりとさせてオレンジで彩られた花を見つめる。そうやって見るとやっぱり急ぎで作ってもらったとはいえ、によく似合っているな。俺はケーキに気を取られるフリをしながらちらちらと花を花瓶に生ける彼女に目をやる。花ひとつで、女はこんなに喜ぶんだな。俺は小さく笑みを浮かべると振り向いたにそれを気付かれないようナイフでケーキを切り分けようとした。


「コーヒー豆が乗ってる」
「うん、クリームはコーヒークリーム味にしたの。コーヒー豆はチョコだよ」


俺はケーキを八等分に切り分け、ケーキ皿に形を崩さないよう丁寧に盛る。熱々のでカフェインのコーヒーをは淹れてくれ、俺は小さくいただきますと呟いた。ケーキをフォークで崩し、口に入れると確かにほのかなコーヒーの香り。甘さもちょうど良く、ほろほろと口の中で崩れるケーキにクリームがベストマッチだ。


「どう?」


は俺の返事に期待するような目をしてケーキを頬張る。


「…甘さがちょうどいいな」


はその一言が最上級の褒め言葉だとでも言うように微笑むと、「そうだ」と思い立ちマグカップにホットミルクも用意して食卓へ戻ってくる。さすがの気遣いに、俺はありがたいと思いながら温かいマグカップを受け取った。


マグカップを受け取る瞬間にわずかに指が触れる。その時少し前に彼女が羽織ったパーカーの裾が目に入り、俺を出迎えたときの格好を思い出した。一言言わずには入れなかった。


「いつも、俺が来ないときはああいう格好をしているのか?」


俺の言葉を聞いた瞬間、何故か彼女は天を仰ぐように顎をそらして、それから。


「今それ言わなきゃいけないこと?」


がくっと首を落として、ため息交じりに、何故か諌められる。


「すぐに言っておかないとお前はすぐに何のことか忘れるだろ」
「犬のしつけと違います。大体、誰も来ない家でどんな格好してようと私の勝手じゃん」


ぞんざいな口調で面倒くさそうに言われて、少々腹が立つ。しかし、記念の日なのだと自分に言い聞かせて何とか腹立ちを抑えるために黙々とケーキを口に運んだ。無言になった俺に、彼女は少々言い過ぎたと思ったのか「でも、来てくれて嬉しかったよ」と小さく呟く。


「会いたかったからな」


何でもないことのように装って一言だけ返す。彼女が何か言いたそうにしたが、その言葉が発せられる前に「ごちそうさま」と言って席を立った。空になった皿を台所の洗い場へ運ぶか悩む。すると彼女は俺の考えを読み取ったのか、さっさと空になった皿を下げた。長年一緒にいるだけ、こんな思考はお見通しらしい。少しだけおかしかった。


「ケーキ、食べなくていいのか?」
「んー…若、ちょっとこっち向いて」


声のトーンは別段怒っていなかったので、素直に顔を向けると、首に彼女の手が回る。唇に感じる温かくぬるついた感触に驚く暇もなく「唇にクリームついてて、すごい、笑いそうで困っちゃった」と、半分笑いながら言われた。舌の感触は今は遠ざかっていたが、するりと俺の首から手を離そうとする彼女に、今度は俺の方がその腰に手を回してついばむだけのそれを返す。


頭を抱えて逃さない。は少しイタズラ程度の気持ちでキスをしてきたのかもしれないが、それが俺の心に火をつけた。久しぶりの彼女の柔らかい感触。腰、当てられる胸、体温。軽い口づけがどんどんと深みを増す。舌を差し込み、逃げようとするのを捉えてねっとりと絡めた。「ん…ふぅ……」と苦しそうな声を出すに自分の欲が膨れ上がるのが分かる。口を離すと、目を潤ませた彼女がぎゅっと小さな手を握り、何も言わずただ俺を見つめていた。フン、お前も欲情しているんじゃないか。俺は口角を少し上げ、の耳元で囁いた。


「今夜は容赦しないからな」


その一言で顔を真っ赤に染め上げる彼女をあっという間にベッドルームへと引き連れる。少し乱暴に彼女をベッドへと押し倒し、ジッパーがちゃらちゃらとうるさいパーカーを脱がした。噛み付くようにキスを送ると、も一生懸命俺についてくる。可愛い、ヤツ。の口内で俺の舌が暴れるのをは一心不乱に受け止めている。暗い部屋の中での白い肌だけがカーテンを通して入る月明かりにぼうっと浮かび上がる。唾液がの口からこぼれると、俺は間髪を入れずにの白く浮き上がる首筋に思わず印をつけてしまった。強く、吸い過ぎたか。明日、これは怒られるな。俺は欲情の狭間で冷静に考え込みながらも、滅多につけない自分の印に征服欲を覚える。久々の、行為だ。は少し肩を震わせながら声を出すのを我慢しているようだ。それも、またそそられる。するするとキャミソールを脱がせると、は恥ずかしそうに身を捩る。無駄な抵抗、だというのに。俺は彼女の体をすかさず仰向けにさせると、腕を回して下着のホックをぷちりと外した。ベッドの脇にそれらを置くと、暗闇に映える双丘を目で確認し、手でそれを覆い尽くした。やわやわと揉みほぐすとが小さく呻く。


「う……ん、あ」


まだゆっくりと刺激を送っていないのに、敏感なとがりは固さを増してその形を主張する。焦らすようにそのとがりの周りだけをなぞると、から熱い吐息が漏れぐるぐると手を回して形が崩れるほどに柔らかい胸を潰す。そして右の膨らみのとがりにだけ、人差し指を這わせるとが目を固く瞑った。こうやって、気持ちが良いのを我慢できなくなるとは目を瞑る癖がある。人差し指で好きな方向に俺がいじるのに、はぎゅっと拳を握る。


「ん、ふうっ」
「気持ちいいなら、声出せよ」
「……やだっ」


素直じゃない彼女に、俺はそれならばときゅっとそのとがりと人差し指と親指でつねる。びくんと背中がしなるのを俺は見逃さない。


「何で震えるんだ?」
「あ、ああっ、わか…しっ」


つねる力をどんどん強くしてこするように捏ねるように指を動かす。しばらく手でその感触を楽しんだあと、俺はその固くなったとがりを口に含んだ。


「あっ……やだっ」
「どこがだ…」


俺はそう呟いたあとに舌で転がすようにそれを舐める。の腰がいやらしくうねる。


「満更でもないんじゃないか?」


さらけ出された肌を優しく撫でると、今はどんな動作にも敏感なが小さく震える。俺の手ひとつで、こんなにもなってしまう彼女が可愛い。


「ここは、嫌そうじゃないけどな」


手を忍ばせて、ショーツの生地越しに熱いその箇所に指を這わせた。ちゃんと反応している。しっとりとしたソコに少し力を入れて指で押すと「んぅっ」とは小さく声を漏らした。


「やっぱりな」
「意地悪言わないでよ、若……」
「じゃあ、素直になれよ」


潤んだ瞳で俺を見上げる。欲情しないわけがない。俺も込み上げてくる、情事の熱を感じる。自分が、いつも以上にヤケに興奮している事、には悟られたくない。余裕を見せる俺でいたい。


「わかし」
「ん?」

が先程よりもじもじと、足を動かしている。その仕草がえらく愛らしく、柄にもなく口が緩んでしまった。は身体を起こすと、俺の耳に顔を近づけて今まで見た中で一番恥ずかしそうで、消えそうな声で囁いた。


「若も…気持ちよくなってほしい」


は言い終えると同時に勢い良く毛布の中に入って顔を隠した。何だ、もう。俺をどこまで誘惑すればお前の気が済むのか。


「おい……隠れてちゃできないだろ」
「…うん」


はこれでもかという程顔を赤くして、毛布から顔をのぞかせた。初めてではない。しかし、彼女が自分からこういう風に言ってくれるのはそうそうない。


「してくれるんだろ」
「う、うん……」


俺はの毛布をそっと剥ぎ取り、自分の下着を脱いだ。は俺の猛ったモノに目を見張ると、おずおずと手を添えた。手の平で先端を包み込む。親指で、割れ目をなぞる行為に、俺は小さく生まれてきた快楽を覚え始める。は片方の手を上下に動かして、先端に緩やかな刺激を送り続ける。


「っ…」
「若、気持ちいい?」


俺はそこで素直に頷くのは何か癪だったので、そのままの唇を塞いだ。下唇をやわやわと甘噛みし、舌を絡めるとは必死にそれに応えながら手を動かす。俺は寄せては返す波に、先走りの液が自分のモノからぷくりと出るのを感じた。は唇を離すと、今度は顔を俺のモノに近づけて小さく可愛い舌でぺろりとそれを舐めとる。その姿が先ほどの可愛らしいとはまた別人のように艶っぽい。は覚束なく俺のモノを舐める。口に含んで健気に俺に気持ちよくなってもらおうとするに別段と愛しさをまた感じる。の背中を撫でながら彼女の舌の動きに翻弄され、限界がそろそろ近づいてきたのを感じた。



、もうっ……いい」
「ふぅっ」


の口から己の欲が張り詰めたモノを取り出すとぶるんと勢いよくソレが揺れた。俺は余裕のない顔が見られるのが嫌で、すぐにまたを押し倒す。は少しびっくりしたように俺を見たが、俺がすぐに彼女のショートパンツを脱がせ、ショーツに指を這わせたので抗議もできなかったようだ。


「んんっ」
「俺のを舐めてこんなにしたのか?さっきよりすごいぞ」


焦りが自分に見えていた。もう、我慢できない。の返答も待たずにショーツの中に指を滑らせた。くちゅ、と卑猥な音が響く。

「やあっ若……」
「素直になれよ」


素直になれないのは、俺なんだけどな。蜜がどんどん溢れていく中に指を押し込めていく。ズブズブと入っていく感覚に、はもう声を抑える事ができずにいた。


「ひゃあっ、やっ……!」
「ここがいいのか?」


俺は人差し指に加えて中指を挿れて中を掻き回すように動かす。ぐちゅぐちゅと鳴る音に、俺は自分のモノに血が更に漲るのを感じていた。指を抜き差しして、中を広げていく。今度は舌で蜜を舐め取りながら核を摘んだり小刻みに動かした。


「も、もうだめ、若…っ」
「お前だけ、ダメだ」


俺は指を抜くと、自分のモノに手際よくゴムを被せのソコに宛がう。少し性急すぎたか、膨らんだ自分の欲求をぐっと押し込んでしまった。


「ああんッ」


俺が急いだせいか、に一気に衝撃が伝わってしまった。けれど十分にほぐしたおかげで痛みはなさそうで、少し寄せられた眉間の皺も次第に和らぎ快楽に身を委ねるようなとろけた表情になる。奥まで挿れ終えると、俺は腰を動かし始める。律動する腰には合わせて声をあげる。もう、我を忘れているようだ。その姿が尚更この欲情を掻き立てて俺も、かなりヤバい。


「あっあっあっ、わかし…も、むり………っ!」
「イケよ………!」
「んっんっ……あぁっ!!」


早くなる腰の動きには絶頂に達したのか、ビクビクっと肩を震わせ俺もまもなく限界に達した。の中に己の欲が解き放たれ、俺はふう、と一息ついた。は疲労のせいか、くったりとしてうっすらと涙を浮かべていた。俺はから自身を取り出し、ゴムを結んでゴミ箱へと捨てる。ティッシュを取って放心状態のの濡れたソコを拭き取り、むき出しの肩に毛布をかけてやった。は力なく微笑んで、俺はその小柄な肩を引き寄せた。俺が頬に小さなキスを落とすと、やがては眠りに落ちた。


カーテンの隙間から差し込む朝日が顔にちらついて薄らと目を開ける。


一瞬自分がどこにいるのか分からなかったが、隣で寝息を立てている彼女を見つけて、昨夜のことを思い出した。少々無理をさせてしまった自覚はあるので、彼女を起こさないようにそっとベッドから降りる。俺の体温がなくなった為に少々寒そうに身じろぎする彼女の肩まで、布団を掛け直してやってから軽くシャワーを浴びた。昨夜の残滓が身体のそこかしこに纏わりついているような気がしている自分に少し笑いそうになりながら、全身くまなく彼女のボディソープの香りに包まれる。泡を落として風呂場を出、置いてある服に着替え終わったところで、大きなTシャツを一枚だけ何とか羽織ったというようなよれよれの彼女が「私もシャワーあびる…」と、よたよたと脱衣所に入っていった。その足取りはまるでペンギンじみていて、俺が思っているよりも消耗していたようだ。彼女がシャワーを浴びている音をBGMにコンロに火をつけて湯を沸かしながら、トースターに食パンを放り込む。そして、目玉焼き。これは彼女に教わって、慣れていないうちは多少差し水を使うといいと聞いた。まだ火が通る前に塩と胡椒をかけているところで、彼女が浴室から出てきたらしいことを音で知る。タイミングよく焼きあがったトーストにバターを塗りつけて一枚そのままのハムと目玉焼きをのせ、目が覚めるようにと少し濃いめに淹れたインストタントコーヒーをテーブルに置く。それを見計らったかのように「ごはんだー」と言いながら彼女は席に着いた。食べるのかと思ってフライパンを洗い始めたのだが、彼女は口をつけないので不思議に思っていると「洗い物は私が後でするから一緒に食べよう?」と向かいの椅子をすすめられた。


「朝のコーヒーってなんだかすごくいい香りに思えるよね。目が覚める感じする」

 
彼女は機嫌がよさそうに、席に着いた俺にそんなことを言う。


「ご飯作ってくれてありがとう。いただきます」


野菜類が全くないことが少々気になる所だが、普段料理を作りつけていないのでこんなものだろう、と思いながらハムエッグの乗ったトーストをかじる。少々塩を振りすぎたかと思ったが、昨日のこともあって塩分不足気味だったらしい舌にはちょうど良い塩味に感じた。それは彼女も一緒だったようで、美味しいだの何かほっとするだの言いながらぱくぱくと平らげた。半熟だった卵の黄身が彼女の唇のはしについていて「子供じゃないんだからちゃんと食えよ」と言いながらティッシュを差し向ける。 少しムッとした顔をしていたが、一応ありがとうと言いながら口元を拭く仕草を見る。拭き終わって「もうついてない?」と小首を傾げる姿に頷く。

その小首を傾げる愛らしい仕草が昨夜の情事を思い出させて俺はまずいと思いつつ、平然とコーヒーを飲むフリをした。今立ち上がったらはっきりと自分が何を考えているか分かってしまうだろうから、洗い物をが変わってくれると言い出してくれて良かった。は食べ終えると、ご機嫌なのか鼻歌を歌いながら皿を下げてすぐ洗い物にとりかかった。俺はそれを横目で確認すると、自身が落ち着いたのを見計らって鞄に忍ばせてある小さなベルベット製の箱を取り出した。昨日渡す段取りだったのに、己の目先の欲に走ってしまった結果今朝になってしまった。が洗い物を終えて食後のデザートにヨーグルトに切ったバナナを入れはちみつをたっぷりかけて自分に出してくれた。俺は、ベルベットの箱をに見えないように手に握りしめていた。箱を開け、俺は指輪の冷たい感触を手にする。俺はこの先が見せてくれるだろう表情を、期待を胸に、一声を出す。


「左手を出せ」
「……へ?」
「お前に」


はぽかんと口を開けたまま自分の薬指にはめられたシルバーの光に目をぱちくりと瞬かせた。華奢だけれども、埋め込まれた輝きを放つダイアモンドとその装飾がの指にとても映える。はぼうっと自分の指を眺めていて、声を発さない。しかし次の瞬間カシャーンと右手に持っていたスプーンを落とし、何を思ったのか急に頬を真っ赤に染めて目に止まらぬ早さでダイニングテーブルから立ち、風のように走り去ってトイレへと逃げてしまった。俺はあまりの早さに圧倒され、驚き何が起こったのかと理解するのに数秒を要した。しかしトイレの扉がバンッと閉まる音がすると、俺も慌ててテーブルを離れトイレへと駆け寄る。


「おい、何だその反応は」


俺は気に入ってもらえなかったのかという不安を少し抱きながらトイレをノックする。それか、何かすごくショックを受けたのか。


「おい」


ノックをし続ける。だが返事は一切ない。俺は少しイライラと焦り、トイレの電気を予告もなくパチンと消してやった。するとが「ぎゃー!!」と色気のない声をあげて転がり出るようにトイレから飛び出してきた。当然俺は扉にぶつかり、よろめいた後飛び出たと更に衝突し下敷きとなった。……これは流石に痛い。


「……その反応はなんだよ。…何で泣いてるんだよ」
「だ、だってえ・・・ひっく」


は俺に乗っかったまましゃくりあげて泣く。ぎゅっと俺にしがみついて、顔を押し付けた。


「すごく嬉しくて……っ、ビックリしちゃったんだもんっ…!」


俺は全力で愛をぶつけてくれる彼女の小さな頭を撫でる。ああ、本当にこいつはもう。


はバカだな」

ううーっと泣き続ける彼女をあやすように俺は背中をぽんぽんと優しく叩く。


「返事は?」
「……返事って…若何も言ってないじゃん」


そういえばそうだ。言おうと思った瞬間、こいつが逃げ出して俺の頭が真っ白になったからだ。俺は仕方ない、決める時は決めないとと思いごと身体を起こした。


「……結婚、してくれるか?」


は俺の精一杯の言葉に、ようやく笑ってくれた。涙を浮かべながら、だが。その笑顔を、俺はずっと見ていたいから。


「……はい、もちろん」


俺はの笑う唇に軽くキスをする。そしてこれでもか、という程強く、けれど優しく抱きしめた。ありがとう、。これからも…よろしくな。