それは雨脚の強い夜だった。日が落ちた後なのにカーテンを開けっ放しにしていて、わたしはぼんやりと窓の外を眺めていた。『仕事が長引きそうだ。今晩は寄れないかもしれない』メールはケータイのディスプレイに表示されたまま机に上に無造作に置かれた。わたしは非常に今日という日を楽しみにしていたのだ。可愛い部屋着のワンピースも、チェストにしまわれたまま。弦一郎が来ないと分かってから、仕事用のシャツを脱ぎ黒いレースのキャミソールにグレーの短パンと色気ない格好でチューハイを煽っている。早めに仕事切り上げるようにして、夕飯に加えて抹茶のケーキだって作ったのに。弦一郎のバカっ。テレビを流してカーペットの上で胡座をかきながら、チューハイを開けるわたしはどう見てもただの干物女だ。今日はせっかく10年目の記念日だったのに……。雨の音が一層強くなる。いじけた自分が映る憎たらしい窓に嫌気が差し乱暴にカーテンを閉めた。 ――ピンポーン。 今のわたしの神経を逆なでするかのように、気の抜けた軽い電子音が室内に響いた。今日はもうオフモードなのに、こんな雨の日にまったく誰が……と思いながら、よそいきの表情を取り繕うことすらせずにドアを無造作にあける。 そこには、髪と言わず服と言わず全身から水滴を滴らせたずぶ濡れの弦一郎が、いた。走ってきたのか呼吸は荒くて頬も少し赤い。よく見ればかすかに肩も上下しているのが見て取れた。 「なんだその恰好は」 弦一郎の第一声に思わず脱力してしまう。そんな恰好はどっちだよ、と思いながら「とりあえずシャワー浴びてきなよ」と玄関のドアを大きく押し開けて彼が入りやすいように導いた。とにかく、弦一郎がシャワーを浴びている間に飲みかけのチューハイの始末をしてしまわなくては。せっかく会えたのにこれ以上叱られるのはたまったものじゃない。 ふと弦一郎の手元にあるものに目が奪われた。きれいなピンクの薔薇の花束。花は濡れてしまっていたけれど、とても可愛らしかった。 「弦一郎…これ……?」 「ああ、お前にだ。その…気に入ると思ってな。入っていいか?」 「あ、う、うん」 わたしは目を丸くしたまま立ち止まっていたので、慌ててラグを取りに行く。弦一郎の足元に敷くと弦一郎は大人しく家に上がり、わたしはバスタオルを彼に渡した。花束を机に置いて、体を拭くのを手伝う。今日は来れないかもって言ったのに。花束まで買ってきてくれるだなんて・・・。 「風呂を借りる、はその間に上を羽織ってろ」 「えっやだよ洗濯物増えるもん…」 「目の毒だ。いいな」 そう言って風呂場の扉を閉めてしまう彼にわたしは先ほどのときめきを返せと言いたくなった。風呂場の前にバスタオルと弦一郎が泊まる時の為に買っておいたストライプ柄のパジャマを用意しておく。下着は……。今月の頭に友達と行ったテーマパークでお土産として買ったキャラクター物のトランクス。冗談のつもりで買っておいたものがこんなとこで役に立つとは。でもこの可愛い黄色のクマの柄…。まあ、いいか。シャワーを浴びてる弦一郎を待っている間にチューハイの缶を片付ける。お湯を沸かし、後は温めるだけの夕飯の準備を手際よくした。びしょぬれになったスーツを乾かすために、除湿機も出しておいた。よし、これで完璧。 ちょうど頃合いもよく、準備が終わったのと大体同じくらいに弦一郎がシャワーを浴び終えて浴室から出てきた。 「タオルの場所わかる?」 何気なく脱衣所を覗くと、お風呂上がりの弦一郎が淡い湯気に包まれて立っていた。わたしの質問に答える声は、「ああ」の一言でとてもシンプルだったけれど、わたしはそれどころじゃなかった。湯気に包まれた弦一郎は腰にタオルを巻き、わたしの普段使っているボディソープの香りをさせて、首筋に髪を貼りつかせていたのだ。前髪が濡れて邪魔なのか、タオルで拭きながら乱雑に後ろに撫で付けるようにガシガシと拭いている弦一郎の腕は逞しい。当たり前だけれど弦一郎は男なんだなぁと見とれてしまう。 タオルから伸びた足も、しっかりとした筋肉が見て取れて、今更のことなのに少しドキドキしてしまって悔しいような気持ちもした。 「パジャマもあるから着ておいてね」 「ありがとう、用意がいいな」 勝手に買ったことを叱られるかと思ったけれど、そんなこともなく弦一郎はさらりと受け入れてくれた。けれど、さすがにあのトランクスを見られたらお小言を喰らってしまいそうなので、洗面台からドライヤーを取って「髪の毛乾かしてあげるから、着替え終わったら来てね」と告げて脱衣所を後にした。 「…寝間着を用意してくれたのは有難いがあの下着は何だ」 弦一郎が脱衣場を出てきてからの開口一番はそれだった。パジャマを着た弦一郎が新鮮で、その下にあのトランクスを履いてるだなんてとても可愛すぎてクスクスと笑うのを抑えながら返事した。 「可愛いでしょ。この前皆とテーマパークに遊びに行った時のお土産。渡しそびれてたから」 「……一体お前は俺をいくつだと思っているんだ」 「はいはい、それしかないんだから文句言わない」 お風呂場に換気扇をかける。後でスーツを除湿機で乾かすためだ。弦一郎からバスタオルを受け取り、洗濯機に放り込んだ。ドライヤーを取り出し、髪を無造作に拭く弦一郎をソファーに呼ぶ。 「弦一郎、髪乾かしたげる」 「ああ、すまない」 わたしがソファーに座り、指でカーペットの上に座れと指示すると弦一郎は大人しくわたしの前に座る。よほど疲れているのかどかっと座る弦一郎に愛情が湧いてきた。こんなに無防備な弦一郎なんて久しぶり。最近お互いに忙しくほぼ外でしかデートをしていなかった。外ではやっぱり手を繋ぐ事くらいしか出来ないし、弦一郎の大きな背中がある事に少しまた胸が高鳴る。 「お客様お加減はいかがですかー」 「……悪くはない」 「熱くはありませんかー」 「…うむ」 ドライヤーを弦一郎の髪の毛にかけながら弦一郎はわたしの美容師ごっこに渋々付き合ってくれる。弦一郎のさらさらとした髪が指の間からこぼれる。わたしと同じ匂い。なんだかこうやって彼を後ろから見ると大きな犬みたいだ。髪をぐしゃぐしゃに撫でたい衝動を抑えて、弦一郎の髪を乾かし終えた。 ドライヤーをしまうと、弦一郎に促されて上着を羽織る。着ないと興奮しちゃう?なんて冗談に、弦一郎は苦虫を噛み潰したような顔をしたので、ごまかすために「お花ありがとう」と言いながら、わたしの家唯一の花瓶に薔薇の花束を生けた。習ったことはないけれど、せっかくこんなに可愛い花束なんだから、生けても可愛く見えるように試行錯誤していると「やはり、似合うな」と弦一郎が呟いた。 「似合うって、わたしに?」 「ああ」 ゆっくり頷く弦一郎が、揺れるピンクの薔薇とかすみ草の向こうで目を細めてわたしを見た。少しだけ照れくさくなって、その視線から逃げるために食事の支度をした。といってももう温めるだけなのであっという間に食卓が完成した。特別な日だけれど、特別な料理じゃなくて、豚のしょうが焼きと、弦一郎の好きななめこのお味噌汁。 これは母親秘伝のレシピで作った豚のしょうが焼き定食。これが友人も弦一郎にもとても好評。予想通り疲れ気味に見えた弦一郎の顔が少し綻んだ。 「お肉まだあるからおかわりしたかったら焼くからね」 「ああ、ありがとう。そういえばの飯を頂くのは久しぶりだったな」 「うん、最近外食ばっかりだったもんね。お互い忙しかったし」 「そうだな。いただきます」 弦一郎は礼儀正しく言うと箸を肉へ運ばせた。いつでももりもりと食いっぷりのいい弦一郎を見るのは飽きない。わたしはすでに夕飯を済ませてしまったので、頬杖を突きながら弦一郎を眺めていると「何をそんなに見ているのだ」と言われた。 「美味しい?」 「ああ。相変わらず美味いな」 「すこし元気でた?」 「……ああ。疲れているように見えたか」 「うん、すこし。後でマッサージ、してあげようか?」 「お前も疲れているだろう」 育ちの良い弦一郎は食べる合間合間に箸を止め返事をする。手持ち無沙汰なわたしは立ち上がって換気扇を止め、除湿機をかけスーツを風呂場に干してきた。ケーキの事、いつ言おう。サプライズだけど、どのタイミングで出そうとは考えてもいなかった。冷蔵庫を開けるとラップがかけられた抹茶のホールケーキ。そういえば麦茶は出したけれど、お酒は出していなかったな。 「弦一郎、お酒飲む?」 「いや、今日はいい」 「そっか」 わたしは先程慌ててしまった飲みかけのチューハイの缶を冷蔵庫の奥に押しやりながら返事した。弦一郎はあっという間にお肉と米をを平らげてしまったので追加の肉を取り出し、フライパンで焼き上げご飯をよそってまた出した。テーブルに飾られた可愛い花を傍に、こんなにたくさん食べてもらえて嬉しいなあだなんて幸せを噛み締めながら。 弦一郎が、もう一度おかわりをするかどうか迷っている表情を見て、あ、これはチャンスだと気づいてサクサクっとテーブルを片付けてしまう。ちょっと残念そうに眉を下げる弦一郎の表情が可愛くて思わず笑いそうになるけど我慢。少し口さみしそうな弦一郎には、まだ食べてもらいたいものがあるのだ。 それは―― 「じゃーんっ!ケーキなんか作ってしまいました〜」 さっきは言わなかったサプライズの抹茶ケーキを、きれいになったテーブルの中央に置く。驚いてケーキとわたしを交互に見る弦一郎の反応に自然とわたしの笑みも深くなってしまう。目の前で切り分けてお皿とフォークを差し出すと、やっと驚きから解放された弦一郎がポツリとつぶやいた。 「こんなものを用意していたのか……ありがとう」 改めて言われるくすぐったさと、なんだかちょっと真剣な弦一郎の言葉に「いえいえ、どういたしまして。早く食べてみて。口に合うといいんだけど」とケーキに手のひらを向けて進めた。弦一郎がケーキにフォークを刺している間、温かい焙じ茶をいれて弦一郎の右手側に置いてから、自分のも切り分けてお皿に盛る。 一口食べると、甘さ控えめのそれは抹茶の香りとわずかな苦みが口に広がって、まろやかな生クリームが優しい後味を舌に残す。自画自賛だけど結構よくできたと思う。 「これは…旨いな」 「でしょ? 弦一郎のために甘さ控えめに作ったんだから。もっと食べて食べて」 褒められて、世界で一番幸せになってしまうわたしは、我ながら単純だ。でも、あれだけご飯を食べたあとなのにもりもりケーキを食べてくれる弦一郎を見ていて幸せにならないわたしなんているだろうか。いや、いない。二つ目のピースを完食して、温かい焙じ茶で舌を洗う弦一郎の唇の端に、ケーキにデコレーションされていた生クリームがくっついているのを見つけて、反射でそれを指で拭う。弦一郎がと言おうとした「な」の唇の形で固まっているので「生クリームついてたよ」と言う。 すると、弦一郎は恥ずかしそうにしながら「すまない」と呟いて少し目を伏せた。まつ毛が見える伏し目がちの弦一郎はなんだかちょっとセクシーでドキっとしながら、指についた生クリームをペロっと舐めとると、さっきまで伏し目がちだった弦一郎の目が、一瞬強い光を帯びた。 見間違いかと思い弦一郎をもう一度見ると満足そうに穏やかに笑みを浮かべているだけだった。なんだ、気のせいか。わたしは立ち上がってお皿を下げると弦一郎がシンクに割り込んできた。 「今日は俺が洗おう」 「いいよ、洗うよ」 「お前だけに何もかもやらせるのは気が進まない。は座っていろ」 弦一郎がそこまで言うのなら、と思ってわたしはお言葉に甘えさせてもらってソファーでくつろいだ。腕まくりをしてカチャカチャとお皿を洗う弦一郎を脇にわたしは食休みしたらお風呂にゆっくり浸かろうか、だなんて考えていた。帰ってきて、今日の準備のためにべたついた汗を流しにシャワーだけ急いで浴びたのだっけ。それでも食事の準備をしていたらやっぱりまた汗をかいてしまった。テレビをつけてぼうっとそんな事を考えていると、お皿を洗い終えた弦一郎が何だか神妙な顔つきで近づいてきた。少しウトウトしていただけに弦一郎が濡れてしまった鞄を物色するのを疑問もなく見ているだけだった。 「」 「はーいなあに」 「随分待たせてしまったが…」 わたしは重たい瞼を上げ横に座る弦一郎へ振り向く。その次の瞬間に眠気なんてものはどこかに吹っ飛んでしまっていた。弦一郎の手元を見ると、そこにあるのはケースにきちんと収まった、ダイヤの指輪だった。間抜けにもぽかんと口を開けたままダイヤの指輪に釘付けになっていると、弦一郎が口を開いた。 「以前結婚前提で交際を続けようと話していたのは覚えているか?遅くなってしまったが、今日で正式に婚約したい」 わたしは目をぱちくりと瞬かせ、弦一郎とダイヤの指輪を見比べる。理解が追いつかない。 「えーと……どういうこと?」 「つまり…。……俺と結婚してくれませんか」 その言葉を聞いた時、知らず知らずのうちに涙がこぼれ落ちた。不器用な言葉を並べた彼の言葉でもそれはわたしにとっては素敵なドラマのワンシーン。嬉し涙を見た弦一郎はどうしたらいいか分からず、「い、嫌だったか」だなんて的はずれなうわ言を言っている。わたしはそれにクスっと小さく笑ってしまった。 「そんなこと……あるわけないでしょ。嬉しい。弦一郎、わたしすっごく嬉しいよ」 弦一郎の首に腕を巻き付けると弦一郎も嬉しそうに「そうか……」と返事をくれる。ああ、この人は本当にもう。抱きしめて温もりと喜びを一身に受け止める。 「もう、今日来ないと思ったんだから」 「…すまない。怒っているかと思ったんだが…」 「ごめん、意地悪言っちゃった。お花も、指輪も、ぜんぶ嬉しい。怒ってなんかないよ」 腕を離して、涙を拭くと弦一郎はとても優しい笑みを浮かべていた。 「ね、はめて?」 「あ、ああ」 弦一郎は少しもたつきながら指輪をケースから取り出し、わたしは泣き笑いながら左手を差し出した。弦一郎はわたしの手を取り、慎重に指輪を薬指にはめてくれる。はめてもらった指輪を眺めると、ふとこれが自分の欲しがっていた婚約指輪なのだと気がついた。金のリングにダイヤの周りに小さな粒の装飾のダイヤが光る。オシャレで可愛いなと個人的に思っていたものをどうして弦一郎が知っていたのだろうか。 「これ……」 指輪をまじまじと眺めながら、涙がたまった目でぼんやりと弦一郎を見つめる。 「わたしの欲しかった指輪、どうして知ってるの?」 尋ねると、弦一郎は少し照れくさそうにしながら「幸村に……幸村の妹に教えてもらったのだ」と指輪のはまったわたしの指を見ながら答えてくれた。 「サイズもぴったり、だし」 「それは、俺の友人には優秀なデータマンがいるからな」 なるほど、某参謀さんのデータは、データマンを名乗るだけあって完璧で、指輪はもともとずっとここに嵌まっていたかのように、違和感がない。むしろ、わたしの中の欠けていたピースがぴったりとそろったそこに戻ってきたという感じだった。弦一郎も、わたしの指に光るそれを見て、満足げな、安堵感を浮かべていて、ああ、わたしたちをつなぐ糸が、具現化してそこに現れてくれた気がした。それがとても幸せだった。しかも、人に聞いて調べているときの弦一郎の気持ちや、こんなかわいい指輪を買ってくれた時の気持ちを想像するだけで、嬉しくてまた涙がこぼれる。 「本当にありがとう」 嬉しくて嬉しくて、幸せで幸せで、もうたまらなくなって弦一郎に抱き着くと、弦一郎もそっと背中に手を回して、ぎゅうっと抱きしめてくれた。その力はちょっと強くて、下着をつけていない胸が、弦一郎の固い胸板に押しつぶされてちょっと苦しい。それに、その刺激で少し反応してしまったのがばれたらどうしようと、ちょっとだけ涙が引っ込んだ。そんなことを考えている間に、弦一郎がかすれた声でわたしの名前を呼んだ。 「……」 「げん、んっ」 答えようと思った瞬間、優しい唇が触れてくる。最初は軽く、唇や頬や瞼や鼻の先にまで何度も何度も。それから、また唇に戻って、少し口を開くと弦一郎のキスが深くなる。じんわりと熱を持っていく弦一郎の体温をかんじながら、わたしと同じ香りのする体を感じながら、角度を変えて何度も。優しかったそれが激しくなって、生理的な涙がこぼれて弦一郎の頬を濡らした。やっと唇を解放してくれた弦一郎に、声をかけるまでもなくいきなり手を握られて。弦一郎はまるで何かに急かされているみたいに立ち上がった。引っ張られるようにしてわたしも立ち上がると「ベッドへ行くぞ」と、欲のにじんだ声が耳に入って、二人で急き立てられるようにベッドへもつれこんだ。 深い口づけを繰り返しながら、どんどん体が熱を帯びていく。弦一郎が舌を差し込み、舌を奥へ奥へと潜ませわたしのを絡めとる。息もままならないキスをしながらわたしの上着を脱がせ、そして酸欠でわたしの思考がままならないうちに手をキャミソールの下に忍ばせていた。 「下着を、つけてないだろう」 「だ、だってもう誰も来ないと思ってたし…んっ」 ようやく弦一郎の手が胸の膨らみに到達してしまうと、手のひらで包み込むように揉みしだきながら人差し指で一番敏感な突起を撫でられる。わたしの喘ぎ声は弦一郎の喉に飲み込まれてしまい、お互いの唾液が糸を引きながら絡みあう。指の腹で小刻みに送られる刺激にじわじわと濡れてくる秘所の感覚。片手でわたしの胸に刺激を送りながら弦一郎は器用に自分のパジャマのボタンを外していた。激しく求められた唇を離しキスに間を置いて、上半身ハダカになった弦一郎を目の当たりにした。引き締まった弦一郎の体はわたしを誘惑して止まない。そして弦一郎は自分が服を脱いだと同時にキャミソールをわたしから器用に剥ぎ取ってしまった。白くたわわな双丘が顕になり、固く反応を示してしまっているわたしのとがりを弦一郎は口に含む。わたしは弦一郎にされるがまま、頭に手を添えて身を捩らせた。 「あっ、んんっ」 弦一郎が吸い付く淫らな音がする。口に含みながら舌でころころと転がさられるのに嬌声を上げずにはいられない。そして片方の手はもうひとつの膨らみを潰すように揉む。どんどん飲み込まれていく熱に、わたしはとろとろに溶かされて夢中になってしまっていた。時折される先端への甘噛にビクリと肩を震わせ、いつの間にか弦一郎のもう片方の手が下に伸びている事に気が付かなかった。わたしの感じている顔を満足気に眺めながら弦一郎は足から短パンをずり下げ抜き取ってしまう。 「やだ、みないで……」 「なぜだ?」 「恥ずかしい…久しぶりだし」 「ダメだ。見せてもらうぞ。こんなに色気があるお前が悪い」 「そんな……あっ、やあっげんいちろ、ん、ああんっ」 弦一郎は口を胸から離すと今度はわたしの首から下に降りるように噛み付くようなキスをしていく。肌が白いので激しいキスですぐにキスマークが花びらのようについてしまう。おへその辺りをぺろりと舐めると背中がゾクゾクした。考える間も与えず弦一郎はわたしのショーツの上から指を這わせた。じんわりと濡れてしまっているそこに弦一郎は不敵に笑みを浮かべる。 「いつもより、すごいな」 「やっ、言わないでえっ」 弦一郎はわたしの耳に舌を這わせると溶けそうなほど熱い弦一郎の舌に体がビクビクと震えてしまう。耳が弱いことを、弦一郎は知っているのだ。ぐちゅぐちゅと舌を耳に差し込まれ、淫靡な音が耳に鳴り響く。耳を攻められると羞恥など忘れてしまう程喘いで感じてしまうのを弦一郎は知っている。わたしの嬌声は更に大きくなっていた。 「ああっ、んんっ!ひゃああんっふああっ」 「いい声だ…」 「はあっ、んっ!やああっ」 弦一郎の指も休まることを知らず、下着の上からしっとりと濡れてしまっている谷間を執拗に撫でる。たまに窪んでいるところに強く指を押し込めたり肉芽をかするように弄ばれ、上下も攻められているわたしはもう体の芯からとろけてしまいそう。 「久々だからか…すごく艶っぽいぞ」 「ふっ…ん…げんいちろ、も」 「もうすぐに挿れられそうだな」 弦一郎はわたしの下着を足から抜き取り、頭が正常に作動しないわたしを良いように足を開かせる。外でしか会えない時、ディープキスをしてしまった事はあるけれど、そのせいでわたしの欲は募りに募っていた。本当に今回は濡れ方が尋常じゃなかった。太腿に伝うほど蜜を滴らせた秘所を目にした更に弦一郎の瞳に欲情の炎が宿る。彼が着ているパジャマと黄色いクマ柄のトランクスをすぐに脱ぎ捨て、容赦なく指をずぶりと突き刺した。いきなり入ってきた太い指に「はあんっ!!」と声を上げてしまう。探るように中を弄ると、充分に潤っているそこはいとも簡単に彼の太い指を飲み込んでしまった。中で円を描くようにいやらしく動く指に背中がしなる。そしてもう一本指を増やされるも秘所は容易くそれを咥え込む。二本に増えた指がソコを遠慮無く掻き回すと「ふああっ」と喘いでしまう。そして今度は差し込んだり挿れたりとゆるやかなピストン運動を始めた。ぐちゅぐちゅと淫らな水音が更なる快感へと導く。 「ふ、ここがいいのか」 弦一郎の長い指はどんどん奥深くへと進んでいく。二本の指をバラバラと動かされ一番敏感な奥を的確に突いてきた。その上耳たぶを口でねぶり、上も下も快楽を送られ熱く体の中心から込み上がる疼きにわたしは耐えられず目尻には涙が浮かんでいた。 「あっ、ダメげんいちろ、もっ…いっちゃ…やっ、ああっ!!」 快感の波がどんどん押し寄せ、気づけば絶頂へとわたしは導かれていた。ガクガクと体が震え、膝の力が抜ける。きゅうっと中が彼の骨ばった指を締め付け、蜜がどんどん溢れ出る。弦一郎はそれを丹念に舐め取りまだ刺激の余韻が残っているわたしはその動作にも激しく身を捩る。ちゅう、と音を立てて吸う動作にすでに敏感になりすぎたソレはヒクヒクとその実を震わせていた。 「ふ、良かったのか」 「はあっ…げんいちろ、は……?」 「心配せずとも、楽しませてもらう。俺自身も限界なのでな」 朧気な思考回路は弦一郎の雄のみなぎりようにハッとした。久しぶりに見た彼の欲望。ぷくりと先走る液が先端から出ているのを確認する。血と精力が漲ったそれにわたしは久々にあの感覚が支配することを喜んでしまっていた。 「はやく、いれて」 「そう急かすでない」 弦一郎はわたしの淫乱女のような台詞でさえも嬉しいようだ。避妊具を手早く装着し口の端についたわたしの蜜を拭い取り、口角を上げいやらしく微笑む彼がとても色っぽい。早く、と急かすわたしとは裏腹に弦一郎は腰を浮かせ入り口に擦りつけたり少し埋めたりと焦らされて足を擦り合わせるわたしの反応を楽しんでる。今日は意地悪だしご褒美もすぐくれない。弦一郎の方が余裕があるのだ。 「やあだ、あ、ああんっ!」 「だいぶキツい…な」 少し腰を揺らして彼に吸い付こうとした途端弦一郎はグッと奥に彼の雄を突き立てた。それだけでも意識が飛びそうだったのに、弦一郎は緩急をつけて緩慢な動作で腰を振る。 「気持ちいい……?んんっ」 「ああ、すごく」 でも足りない、わたしにはそんな貴方じゃ足りないの。 「あっあっ、や、もっと、もっとおっ」 「っ…欲しいかっ」 「あっ、あっ、ああっ、ほしっ、げん、いちろっ…はっ」 「俺も……だっ」 どんどん激しく速くなる腰の動きにすでに自分が二度目の絶頂を迎えることをわかっていた。ズンズン、と来る振動に子宮の奥を突き上げられた。 「ああっ、ふ、ひゃああんっ!!」 「くっ…ッ……!」 きゅううっといっきに子宮が収縮し彼の雄が脈打ち欲望を解き放つまでわたしは彼をぎゅうっと抱きしめていた。その腕が緩むと彼はずるりと彼自身を抜き出し、ゴムを結び枕元にあるゴミ箱に律儀にティッシュでくるんで捨てた。 しばらく二人で熱を落ち着かせるようにベッドの上でじゃれ合う。それは頭を軽く撫でてもらうことだったり、顔を見合わせて少しだけ笑うことだったりする。指を絡めあって手を握って、弦一郎の手の方が大きいね、なんて当たり前のことを言い合う、さっきの情事が嘘みたいに穏やかな時間。しばらくして、だいぶ息が整った頃合いを見計らって、弦一郎が「そろそろ風呂に入るか」と言った。そして、わたしを抱き上げる。 背中と膝裏を支点にした、それはつまり、お姫様抱っこというやつで、思わず顔がだらしなくなってしまう。にやにやしながら弦一郎の首に腕を回すと、張りのある肌からうっすらと汗の香りがした。その香りに、先ほどの情事を思い出して欲望が頭をもたげそうになる。そんな自分にちょっと飽きれながら欲情を抑えこんだ。ほんとうにわたしは弦一郎が大好きだなぁ。ちょっとムラムラしていたわたしの気持ちに気づいているのかいないのか、壊れ物でも運ぶみたいにそっと足を踏み出す弦一郎の、その移動の振動が気持ちいい。だから、すり寄る仔猫みたいに固い胸板に頬を寄せた。その温もりが心地良すぎて浴室について、椅子に座らされたときは少し……いや、大分残念だった。まだ少し立つのはだるいわたしに変わって、弦一郎が浴槽にお湯を張ってくれているのを眺める。浴槽のプラスティック製の椅子は当たり前だけれど冷たく、なんだか居心地が悪い。何もしていないのも、その居心地の悪さを増長していることに気づいた。ので。てのひらでお湯の温度を確かめている弦一郎の隙を狙って、浴槽に備え付けられてあるラックの中から、一つの入浴剤を取り出す。そして、まだ三分の一くらいしか溜まっていない湯船にそれを投入し――ようとしたところで、弦一郎に手首をつかまれた。 「なんだこれは」 糾弾するでもなく、不思議そうな弦一郎の口調に「入浴剤だよ」と普通に答えると「必要ないだろう」とまた不思議そうに言われる。不思議そうな弦一郎の顔が、わたしの感情のままに言うと(めっちゃ可愛い)んですけど。 「だって、入れないと……」 若干言いづらい理由なので、わたしの視線は自動的に床に向かってしまった。 「入れないと、どうだというのだ?」 わたしの手首をつかんでいない方の弦一郎の手が、わたしの顎をとらえて強引に視線を合わさせた。なんだか、面白いおもちゃを手に入れた肉食獣のような、楽しそうな瞳に見える。前から思ってたけど、弦一郎ってちょっとSかも…… 「丸見えになっちゃうじゃん」 そう、この入浴剤は白濁色だ。これさえ入れてしまえば明るいお風呂場の電球に身体を曝されることもなく、落ち着いて入浴ができる代物なのである。 理由を聞いた弦一郎は「今更だろう」と言いながら視線を落とした。その視線の先を辿ると、わたしの胸が二つ、あった。思わず体を丸めて隠そうとすると「隠すな」と命じられて、今度は両方の手首を弦一郎に捕らえられてしまう。恥ずかしいと抗議する前に、弦一郎はそのまま噛り付くようなキスをして、わたしの息が上がるまで離してくれなかった。 最終的に入浴剤は取り上げられて、そのまま二人で浴槽の中に入る羽目になってしまった。一人暮らしの浴室は狭く、弦一郎が窮屈そうに入っているその足の間に「お邪魔します」とそっと腰を下ろす。お湯は温かくて、ちょっと体が震えてしまった。そんなわたしを後ろから弦一郎が優しく抱きしめてくれて、さっきのちょっとSっぽい弦一郎とは思えないなぁなんてちらりと頭をよぎった。ただ、後ろから抱きしめられると弦一郎の腕に胸が乗ってしまうので、これは狙ってやっているような気もしてきた。あえて指摘しないのは、わたしもそれが嬉しいからで、甘えてやろうって背中を弦一郎にすっかり預けてしまう。時々、弦一郎が、湯船から出てしまったわたしの肩にお湯をかけてくれる。それがすごく愛しい。たぷたぷと揺れるお湯に誘われるように、優しい時間が満ちていく。小さな浴槽の隅で窮屈そうにしている弦一郎の足が可愛くて、撫でてみたりしていると「っ」と、くすぐったそうに吐息交じりに名前を呼ばれた。 顔を向けると弦一郎の唇が落ちてきて、軽いキスを何度もして、顔を話すたびに目が合って、照れくさいけどとても幸せな時間。 「弦一郎の足、すごくかわいい」 ふふーっと笑いながら、もう一度弦一郎の足を撫でて言う。 わたしの言葉を聞いた弦一郎が、ぎゅっと抱きしめてきて「は、身体も」と言いながらお腹を撫でて、「顔も」とわたしの肩に顎を置いてわたしの顔のぞき込んで、「胸も」とわたしの耳の中に吐息を吹き込みながら胸をそっと腕で押しつぶして、「性格も、全部可愛いぞ」と最後にまた深いキスをされて、不覚にも腰が砕けそうになってしまった。今日の弦一郎は普段より積極的な気がしないでもないような気がする。色々と脱線しながら、なんとかお互いに洗いっこしたりしてお風呂から上がる。すると、今度は弦一郎がわたしの髪を、自主的に乾かし始めた。床に座ってソファの足に背中を預けたわたしに、ソファに座った弦一郎がちょっと乱暴にワシャワシャっとドライヤーをあててくれる。 「熱くないか」 「ん、大丈夫ー」 「加減はどうだ」 「もうちょっと優しくしてもらえると」 「わかった」 素直に指の力をちょっと緩める弦一郎が、わんこみたいで、顔が見えてないのをいいことに、ニヤニヤする。その間わたしはと言えば身体の隅々に入念にボディクリームを擦り込んでいる。まるで下味をつけられている唐揚げになる前の鶏肉のようにどこもかしこも入念にすりすり。髪の毛が乾いて、わたしの下味つけも終わって、今度はちゃんと寝ようと床から立ち上がる。まだソファに座ったままの弦一郎がわたしを見つめていた。立たないのかな、と思っていると、その視線は、下味付けを終えた後に薬指に嵌め直した指輪に注がれていることに気づく。それに気づいた瞬間、強く抱きしめられて。 「お前はもう俺のものだ、」 その言葉に、また泣いてしまいそうになりながら「一生弦一郎を離さないからね」とぎゅっと抱きしめ返した。最後に「いい匂いで食べたくなるな」と低く呟いた弦一郎の声を、わたしはしっかりとらえていたけれど。 |