花一華外伝

土方十四郎


江戸に出てきたばかりの芋侍だった俺たちを拾ってくれたのは幕府の高官の松平片栗虎という見た目も素行もなんかうさんくさそうな親父だったが、それは俺のただの邪推であることに違いはなかった。こうして俺たちは少数精鋭で組まれた武装警察真選組が結成されることとなったのだ。申請書を出した時の近藤さんのあの笑顔は数年たった今でも未だに忘れられない。あの妙に大人びた総悟でさえも子供らしくはにかんでいた。俺という俺は真選組副長に抜擢され、今でも近藤さんの傍で主に指令を司っている。柄じゃねェ、と初めは抗議したものだが近藤さんに頭下げられちゃぁ俺だって断れない。隊士の募集を年々募り、やっと形になってきたこのムサイ男所帯の上に立つものとしては並大抵ではない精神力が必要だ。自分の精神が鋼鉄よりも強いとは言わない。もはや俺もニコチンの快楽に縋りきる男だ。あいつは武州にいた頃から道行く煙を嫌うように顔を顰め、悪態をついていたが今では嫌な顔をしつつも一言たりも口を出さない。あぁ、嫌なんだろうなと思う気持ちに半面、こいつは俺をよく理解してくれているんだと甘えてしまう自分がいる。あいつは俺が煙草を控えると余計に眉間の皺を深くするから俺はあえて遠慮しない。そして嫌いなのだと、頭の隅においやられていた記憶もいつしか馴染みすぎてて薄れてきたころ、あいつは休暇の日にふらりと屯所を出たと思ったらふらりといつものように戻ってきていて、俺はいつもと変わらないその様子に気にとめずにいた。
「トシ、これお土産」
そう言って手渡された白い包みを受け取るとそれは大きさの割には重みがあった。こいつは人を喜ばせるのが昔から好きなのできっと俺の好きそうなものを街中で見つけたに違いない。遠慮をすると怒り出すやつなのでここは素直に受け取って礼を言った。包みを開ける前にあいつは部屋を立ち去ったので、俺はその後仕事にひと段落つけてから机の隅に寄せていた白い包みに貼られているセロハンテープを丁寧にと剥がしていく。ひとまずそれを見た瞬間ぱっと見では用途が分からなかった。赤いキャップに黄色くなだらかな線を描く固体。ようやく口を見てそれがライターだと認識した俺は少し意表を突かれた。記憶の片隅にやられた思いを返す。あぁ、あいつは煙が嫌いだったなぁ、と。しかし喜ばれることを何よりも本人が喜ぶのだから、あいつは見返りなく純粋に俺を喜ばせたいだけなのだろう。さっそく箱から煙草を一本取り出しマヨネーズ型のライターで火を灯す。不思議といつもより肺に染み渡る紫煙が、美味く感じた。





沖田総悟

あいつが笑わなくなった頃だ。真選組一番隊隊士もすっかり板について、俺のサボりだって隊士らの公認でもあるようだ。昼にまた寝る癖がついてしまったせいか、夜眠れない日が多くなった。瞳を閉じても映るのは暗闇だけで、眠気が襲ってくることなどない。眠れない夜は残酷だ。思い出したくもない思い出に思いを巡らせ、もがき苦しむ。そしていつの間にか眠りに陥っているのだが、悪夢を見た後のような後味の悪さが全身に残るだけだ。あいつと市中見廻りしているときになにとなく眠れねェ、と相談してみた次の日のことだった。机に細長い小さな包みがあって、プレゼント用でもなんでもない店の袋を俺は訝しげに手に取ってみた。一体全体これはなんだ。好奇心の思うままにがさがさと粗末な仕草で袋を開けるとプラスチックの袋が更にあってその中にはアイマスクと思われるものが入っていた。それも奇妙な模様。不気味な目が俺を蔑むように見上げている。見た瞬間、趣味が悪いなと思った反面なかなかコイツはいいアイマスクだと愛着が湧いた。あいつらしいや。眠れない俺にアイマスクを贈ったアイツはそれこそ自分のことのように悩んで俺にこのアイマスクを選んだのだろう。あいつの趣味はよく分からないが、確実に俺の気に入るようなものを選んでくるところがさすがだ。笑わなくなっても、あいつは結局あいつなのだと。そう思えただけで俺は今夜はよく眠れるだろうなと漠然と思った。





近藤勲

トシに俺は無言で今責められている。というか呆れられているというのか、なんというのかちょっとした出来心が招いた騒ぎなのだ。俺は今日発売するというゲームを購入したかったのだが、あいにくネットでは手に入れられることができない代物だったので店頭まで足を運ぼうとした。しかし今日はお偉いさんが屯所を訪れるということで俺はどうにもここを離れることができず、今日遅番のあいつに俺はお使いを頼んだ。いつでも俺の言葉をすんなりと受け入れてくれるあいつに俺はいつも助かっている。何度あいつに救われたことがあっただろうか。以前のようにすっかり笑顔を取り戻したあいつはご機嫌良さそうに俺に頼まれたお使いに屯所を飛び出していくと、トシが眉を顰めてすこぶる機嫌悪そうにしているのでどうしたのかと声かけた。
「女もああいうゲームをするのか・・・?」
「は?」
「あんたが好んでやってるヤツだ、近藤さん。ゾニーの。」
「いや、やる子はやるんじゃねぇかなぁ。なんだ、急に?」
「あいつが隊士らにそのそういう類のゲームはどこで手に入るんだとかさっき大声で話してるもんだから隊士らが騒いでてよォ」
全く女もあんな如何わしいゲームをやんのか。まぁ咎めはしねぇけどよと呟くトシに俺は冷や汗と釣りあがる片方の口角に罪悪感で満たされた。そして今俺はトシに無言の咎めを受けている。この空気は耐えられない。まるで俺が汚れたものかのように見つめるトシの視線に俺のハートはズタボロだ。
「トシ・・・」
「なんだ。」
「すまない・・・・・・」
「・・・・・・それはあいつに言ってやってくれよ、近藤さん」
あと隊士の誤解もな、との付け加えられた一言は痛恨の一撃だった。