ある春のこと。花冷えの季節も過ぎ、空気が柔らかく温かくなってきた頃だ。は気が強く、同じ寮の先輩に目がつけられやすい性格と容姿をしていた。長く艶やかな黒髪。細長い手足に華奢な体、指。それに反した意志の強い瞳。生意気そうな
彼女は入学し、すぐにスリザリンの女の先輩たちに目をつけられた。魔法使いの旧家の出なのにおてんばで、昔から一緒にいた僕は手を焼かされたものだ。旧家の出といえど、今はあまり財産もなく、没落した彼女の家を血の繋がりの濃いブラック家がの家を支援している状態だ。名はあるが、今やその勢力は衰えているのにつけこんで鼻で笑う魔法族もいた。はそんな彼女たちを哀れ、嫌味を言われたあかつきには倍返しというのが毎度のことだった。
そんなは弱かった。いつも強がっている彼女はとても心を痛めているたくさんのことがあった。母親のこと、父親のこと、家のこと。それでも強く生きようと背伸びをしてる彼女は僕は守らなきゃと思ってた。それが僕の使命だ。
けれど今日もは先輩たちを泣かせている。それが分かるのは普段おしゃべりな彼女が少しツンとすましている時だ。強がって、達者な口でしっぺ返しして、そして心の奥で少し傷つく。そんな彼女の瞳に涙を最後に見たのはいつのことだっただろうか。僕の前で無防備に泣きじゃくる、そんなを。
「、またなのか」
「何よ、そのまたって。わたしがふっかけてるんじゃないわよ」
「何だよその言い様は。せめてもっとがおしとやかにしてればいいじゃないか」
「してるわよ。蝿のように目障りに飛び回る彼女たちが悪いんじゃないの」
どこがおしとやかだ。は寮のソファーへと腰掛けた。僕は自分が淹れようとしていた紅茶をの分までティーカップに淹れた。は僕の淹れる紅茶が好きだった。幼い頃、クリーチャーが淹れる紅茶よりも僕が淹れる紅茶の方が好きだとよくせがまれたものだ。
「やっぱり紅茶はレギュラスが淹れたのが一番美味しい」
「それはどうも」
が紅茶をティーカップから飲む姿は淑女そのものなのに。口を開いたらとんだじゃじゃ馬娘だ。僕はそのせいかいつも素直になれない。そして、彼女も素直じゃない。唯一僕の紅茶だけを褒めてくれる。そんな微妙な距離の幼馴染。
「レギュラス明後日決勝戦でしょ、グリフィンドールと」
「ああ。も見に来るんだろう?」
「まあね。ウチの寮の決勝戦だもの。レギュラスもシーカーで大活躍するっていうし」
「・・・あまりプレッシャーかけるなよ」
「プレッシャーじゃなくて期待よ?レギュラスに今回の寮杯がかかってるんだから、頑張ってね」
それをプレッシャーと言うんだよ、と僕がつぶやくとは知らないフリをして紅茶を啜った。ティーカップを片付けてしまうと、すぐそのままひらりと女子寮へと向かった。の残り香が鼻をくすぐる。僕は昔から変わりのない幼馴染に頭を抱えつつ、同時にそれが好きなのだと矛盾に苦笑してしまった。
そして決戦の日。緊迫した試合の中、チェイサーのジェームズ・ポッターが点差を僅差に縮めた頃が絶好のチャンスだった。スニッチがビーターのクリストファーの頭を掠めた所を僕は目にした。ぐんぐんと箒の飛ぶスピードを上げ、70対50の点差の中僕はスニッチをこの手に掴んだ。歓声が湧き上がると共に僕は競技場をぐるりと円を描くように回り、を目で探した。けれど彼女の姿は見当たらなかった。僕は競技場に降り立つと、急いでその足でホグワーツ城へと向かった。押し寄せてくる群衆をかき分けながら。一昨日のは試合を観に来ると言ったはずだ。は約束を破らない。しかし観戦席にはは現れなかった。試合前、僕に喝を入れたくれたっていうのに。
クイディッチのローブのまま、僕は寮へと足を運んだ。勿論生徒はまだ競技場にいるので誰もいない。黒い大理石が余計にその静けさと冷たさを引き立たせていた。具合でも悪いのだろうか、それならば女子寮の部屋で寝込んでいるのかもしれない。僕は今までの緊張から解き放たれたおかげでどっと疲れていた。下品だとは分かっているけど、誰もいない談話室。ソファーに汗だくのユニフォーム姿でドカッと座り込んだ。そして、いつ知れず深い眠りへと落ちていってしまっていた。
眠りから覚めると日はとっぷりと暮れ、しかも夜中のようだった。僕はソファーにユニフォーム姿のまま眠り込んでしまっていたのだ。すっかり肌は冷えきり、僕は気だるげに体を起こした。気づけば毛布が僕の体にかけられていた。そして隣から人の温もりを感じ、目をやった。するとそこにはが隣ですやすやと健やかに寝息をたてていたのだ。顔をよく見ると、涙が乾いた後があった。が泣いたという事実を知った僕は何に心を痛め涙を流したのか、疑問に思った。あれだけ先輩や他寮の先輩に目をつけられても強がってた。僕には相談さえもしない。その涙の理由は、僕は知らない。けれど、が教えてくれないのならば僕がわざわざ聞く必要もないと思った。を守るために、僕にできること。色々と詮索されるのをは嫌う。蝶のようにひらひらと、自由に舞う彼女の笑顔が僕は好きだ。幼い頃から変わらない、その花咲くような笑顔が。
起こさないようにそうっと頬の涙の跡を人差し指でなぞる。何年ももう互いに素直になれてない。昔の自分は、もう少しに素直な愛情を向けていた。今日の勝利だって、本当は君に捧げるつもりだったんだ。けれど今の僕がどうせ、クサい台詞を口にしたってどうせ嘘っぽくなってしまうんだろう。だから君に贈るよ、僕の素直な言葉を。
「・・・好きだ」
囁くほどに小さく呟く。声は小さくともぐっすりと眠り込んでいる、の寝顔が愛しかった。毛布をにかけると、僕はお湯を貰いにキッチンへと足を運んだ。もうじき目が覚める彼女に熱い紅茶を注ぎに。
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